ゾルトラーク研究へのフリーレンの貢献(最初から忘れられている者たちへの眼差し)
ゾルトラーク研究へのフリーレンの貢献について三つの可能性を検討した後に、本作のテーマと関わる「最初から忘れられている者たちへの眼差し」について書いています。
ゾルトラーク研究にフリーレンが携わっていた時期は?
人類によるゾルトラーク(人を殺す魔法)の研究・解析に関して、フリーレンは腐敗の賢老クヴァールに対し「お前が封印されてから、大陸中の魔法使いがゾルトラークを挙って研究、解析した」と説明しています。(第5話)

また、これに関してリュグナーは、「思い出した。フリーレンだ。人類のゾルトラークの研究解析に大きく貢献し…」と述べています。(第17話)

では、フリーレンがゾルトラークの研究に貢献したというのは、いつのことなのでしょうか?
二つの候補を考えてみます。
クヴァール封印後から魔王討伐までの間
まず、クヴァールを封印した後に魔王討伐の旅を中座して、研究に携わっていた可能性があります。
クヴァールへの説明では「僅か数年でゾルトラークは人類の魔法体系に組み込まれた」とも語られているので、フリーレンが関わっているとすればゾルトラーク研究の黎明期であるとも考えられます。
しかし、ゾルトラーク研究で何かしらの成果を上げるためには、短くとも半年程度はかかったのではないかと想像します。
それだけの期間が必要だとすると、「魔法収集の旅」や「人を知る旅」ならともかく、「魔王討伐の旅」の途中でそれはないのでは?という気もします。(アイゼンが怒りそうです。)
また、これは魔法史に名を残す行為になりますから、フランメの「歴史に名を残そうなんて考えるなよ。目立たず生きろ」(第22話)という教えから外れた行為だとも感じます。

フリーレンが自分の研鑽として個人的にゾルトラークの研究・解析をしていたとしても、それがゾルトラーク研究への貢献か?と言われると疑問は感じます。フリーレンが研究・解析結果を人類側に共有するイメージができません。
勇者パーティ解散後からフェルンに出会うまでの70年間
もう一つの可能性は、勇者パーティ解散(エーラ流星)後から、次のエーラ流星とヒンメルの葬儀を挟んで、フェルンに出会うまでの70年間のどこかです。
この70年間はフリーレンの具体的な行動がまだ語られていない空白の期間です。
勇者パーティ解散から次のエーラ流星までの50年間(魔法収集の旅)については、マンガ、アニメに断片的な描写があり、この間、フリーレンが人との関わりを断っていたわけではないことはわかります。魔法店に立ち寄ったり、花畑を出す魔法で村の人々のために墓地に花を咲かせたり、町の人に楽しい魔法を見せたり(カバンを開いて置いているから路銀稼ぎ?)しています。
ただ、これらを見ても、フリーレンが社会的に意味のある活動を積極的に行なっていた雰囲気はありません。あくまでも「魔法収集の旅すがら人との関わりを持っていた」という程度の印象です。
そして、ヒンメルの葬儀からフェルンに出会うまでの20年間(人間を知る旅)については一切描写がありません。
前述のとおり、この70年間は空白の期間ですので、比較的自由な想像が可能です。
魔王を倒した後ですから、フランメの教え(「目立たず生きろ」)もあまり問題にはなりません。
そうすると、フリーレンがゾルトラーク研究に貢献していたとすれば、クヴァール封印後よりは、この70年間のどこかである可能性の方が高い気がしてきます。
しかし、これには難点があります。
フェルンのゾルトラークを受けたリュグナーが「私は昔、同じ魔法を受けたことがある」と言っているのです。「昔」とは、断頭台のアウラと勇者一行が戦った80年前のことです。「同じ魔法」とは「人を殺す魔法」の改良版である「魔族を殺す魔法」のことです。
つまり、80年前(クヴァール封印の数年後)には人類のゾルトラーク研究はかなり進展していたはずなのです。
となるとやはり、フリーレンはクヴァール封印後に魔王討伐の旅を中座して、ゾルトラーク研究に携わっていたということになるのでしょうか。
リュグナー(魔族)の誤解である可能性
そこで最後に考えておきたいのは、「フリーレンがゾルトラークの研究・解析に大きく貢献した」というのがリュグナーの誤解である、つまり、フリーレンは特に貢献していないという可能性です。(なお、魔族代表としてリュグナーの名前を挙げていますが、原則として魔族全体についてです。)
まず、フリーレンがゾルトラーク研究に貢献していたなら、魔法学校で魔法史を学んでいる(いた)ラヴィーネ(カンネ、エーレ、ラント)たち若手魔法使いがフリーレンの名を知らないことは少し奇妙です。一次試験中にリヒターがラヴィーネとカンネに講義していましたが、魔法学校で学んでいるならゾルトラーク発展史は常識のはずだからです。
また、人類側でのゾルトラーク研究の舞台裏をリュグナーが知っているというのも妙な話です。人類の魔法史の本でも読んだのでしょうか。
そのため、「フリーレンが大きく貢献」というのは、リュグナーの誤解である可能性があります。
なぜリュグナーがそのような誤解をするかといえば、人類と魔族の「魔法の研究」に関する相違です。
リュグナーにとって、「魔法の研究」とは、あくまでも優れた魔法使いが個人的に探究するものです。達人が自分の選んだ道を孤独に極めて行くイメージです。

それに対して、人類は「組織の力」で研究します。もちろん、魔法史には時折フランメのような天才が現れて研究を飛躍的に進展させます。しかし、魔法史には常に「無数の無名の魔法使いたち」が存在して「組織の力」で研究しています。
リュグナーは、この人間の「組織の力」を理解できていません。
ですから、ゾルトラーク研究への「無数の無名の魔法使いたち」による貢献などということには、まったく思い至らないのだと思います。(フリーレンのクヴァールへの説明のコマには「無数の無名の魔法使いたち」が描かれています。)

このため、リュグナーは「人類によるゾルトラークの研究」というものを考えたときに、改良型ゾルトラーク(魔族を殺す魔法)を使ったフリーレンと結び付けて理解してしまったのではないでしょうか。

つまり、魔族にとっては「ゾルトラークといえばクヴァール」なのですが、それと同じ発想で、「人類にとってゾルトラークといえばフリーレン」なのだと考えてしまったのでしょう。
もしリュグナーが誤解しているのだとすれば、以上がその理由です。
この点、リュグナーの人間理解と、人類について研究している大魔族ソリテールの人間理解とを比較すると雲泥の差があります。(第100話)

おわりに(最初から忘れられている者たちへの眼差し)
個人的には「フリーレンは人類によるゾルトラークの研究・解析」には特に貢献していない(魔族たちの誤解)という説を推します。
なぜなら、作中の魔法を代表するゾルトラークを作り上げたのが「無数の無名の魔法使いたち」だとしたら、そこに作品に通底するテーマを感じるからです。
それは、「忘れられた者たちへの眼差し」です。
どんなに偉大な英雄や天才でも、時が流れれば人々の記憶の中では姿を変えてしまい、やがて忘れられてしまいます。(第138話のフランメ像を見るゼーリエを参照)
このモチーフは『葬送のフリーレン』では頻繁に登場します。
けれども、「無数の無名の魔法使いたち」は、最初から魔法史に名前がありません。つまり、最初から忘れられている存在だと言えます。
そして、フリーレンは、会ったこともない名前も知らない無数の魔法使いたちのことを眼差すことができて、彼ら彼女らが確かに存在したことをおぼえています。

フリーレンは魔法収集が趣味です。たくさんの民間魔法を集めています。
なぜなら、「魔法が好きだから」ですよね。
では、偽物の魔導書まで集めるのはなぜでしょう?
「魔法が好きだから」では説明になりません。偽物の魔導書はただの紙束です。

ということは、フリーレンが好きなのは魔法というよりは魔法使いなのです。
つまり、魔法(魔導書)を集めるフリーレンの眼差しは、魔法に向けられているだけではなく、その先に存在した魔法使いたちにまで届いています。
民間魔法を作り上げた無数の無名の魔法使いたちはもちろん、偽物の魔導書を作ったどうしようもない魔法使いたちにまで、です。

そして、フランメはフリーレンに「歴史に名を残そうなんて考えるなよ。目立たず生きろ」と伝えています。

では、フランメは、魔王を倒して歴史に名を残した後は目立たず生きる必要などないと考えているのでしょうか?そんなはずがありません。
これは晩年を迎えたフランメが「私の墓の周りは花畑にしてくれ」と頼んだ時の言葉です。フリーレンの人生を考えて、フリーレンに是非とも伝えておきたい遺言として選んだ言葉であるはずだからです。
フランメがこの言葉で伝えたかったのは、そもそも会ったこともない名前も知らない「最初から忘れられている者たちへの眼差し」の大切さではないでしょうか。
※『葬送のフリーレン』に関する考察を「質問と回答」形式でまとめています。
