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《葬送のフリーレン》ヒンメルはなぜ自分達の像をたくさん作ってもらったか(未来への呼び掛け)

「一人ぼっちにならないように」

ヒンメルがたくさんの像を作ってもらっている理由は第2巻13話「解放祭」のエピソードで触れられています。

第2巻13話

理由は、自分(達)のことを覚えておいてもらうため、ですね。かつてヒンメルという名の勇者がいて、その勇者一行が魔王を倒して世界に平和を取り戻したのだという事実を覚えておいてもらうためです。

誰に覚えておいてもらいたいのか?

「皆に」ですね。「皆に覚えていて欲しいと思ってね」。

ヒンメルは「後世にしっかりと僕のイケメン振りを残しておかないと…」とうそぶきますが、すぐに本当の理由を説明します。理由は、「君(フリーレン)が未来で一人ぼっちにならないようにするため」だというのです。これはヒンメルの台詞の中でも印象に残るものの一つでしょう。

ヒンメルのことを覚えているのがフリーレンだけになってしまったら、フリーレンは「一人ぼっち」になってしまう。皆もヒンメルのことを覚えていれば、フリーレンは「一人ぼっち」にはならない。だから、各地で像を作ってもらっている。

…という理屈です。ここまでのヒンメルの理屈はわかります。

ちょっとよくわからないなあと思うのは次です。

「僕達は確かに実在したんだ」

この回想シーンの最後でヒンメルはこう言います。「おとぎ話じゃない。僕達は確かに実在したんだ」。

この回想シーンは、フリーレンが解放祭でヒンメル一行の像を見ながら、この像を作ってもらった当時を思い出しているものです。

その思い出の中でヒンメルはフリーレンに対して「僕達は確かに実在したんだ」と力強く言っています。

でも、別にフリーレンはヒンメルの実在を疑ってなんかいませんし、疑うはずもないでしょう。フリーレンは勇者一行の魔法使いで、勇者ヒンメルの英雄譚の正に当事者・登場人物なのですから。

いつかは皆がヒンメルのことを忘れてしまう時が来ます。クラフトやフランメのようにおとぎ話になります。(第4巻34話)

けれども、フリーレンだけは覚えているでしょう。それこそ、ヒンメルが心配していた「一人ぼっち」になってもですね。

作中では、エルフの記憶というものは、そういう強固なもの、不変のものとして描かれています。フォル爺のエピソードでもそうでした。(第4巻33話)

フランメに関するフリーレンとゼーリエの記憶もそうですね。皆が忘れてしまっても、自分一人だけは覚えている。エルフの記憶とはそういうものです。

けれども、この回想シーンの中でヒンメルはフリーレンに対して言い聞かせる様に「僕達は確かに実在したんだ」と言っています。

なぜ、そんな当たり前のことを言うのだろう?しかもフリーレンに対して。ここが私がよくわからないと感じた所です。

重箱の隅をつつくようですが、「実在したんだ」(過去形)というのも少し妙な表現で、「実在するんだ」とか「実在しているんだ」(現在形)と言う方が、当時の正確な発言としては自然な感じがします。回想シーンですから多少は不正確があっても不思議はないとも言えますけれども。

この辺りからは、どうも、ヒンメルは皆が・・「僕達」のことを忘れてしまうことを心配しているというよりは、実は、フリーレンが・・・・・・「僕達」のことを忘れてしまうこと(忘れてしまったときのこと)を懸念しているのではないか?という印象を受けます。

これは、フリーレンの記憶から「僕達」が消えて(消されて)しまうことを示唆する伏線では?

つまり、ヒンメルはフリーレンに「僕達」のことを思い出させるために、各地に像を作ったのではないか。(ヒンメル単独の像だけではなく、勇者一行の像も多いですね。ヒンメル達とフリーレンの関係性を思い出させるためではないでしょうか?像を作るなんてフリーレンの趣味ではなさそうですから、モデルになるようヒンメルが説得している場面を想像します)

「僕達」のことを忘れてしまったフリーレンが勇者一行の像を見て、「僕達は確かに実在したんだ」と呼びかけるヒンメルのイメージを記憶の奥底から思い起こす、という場面を想像します。

「僕達は確かに実在したんだ」が、フリーレンが勇者一行の像を見て記憶を手繰り寄せることを見越した発言だとすると、前述した「実在したんだ」という表現の不自然さにも納得できます。未来で回想しているフリーレンへの「思い出せ!フリーレン!思い出すんだ!」という呼び掛けだからです。

つまり、これは思い出される(回想シーンになる)ことを前提にした発言ではないでしょうか。(第13話の回想はまだ早すぎたわけです)

落ち着いて考えてみると、「僕達は確かに実在したんだ」は「イケメン」発言以上に訳のわからない発言なんですよね。目の前の人物が「僕達は実在したんだ(過去形)」と言っているのですから、「正気か?」って話です。

こんなことを考えるもう一つの理由は、「一人ぼっちにならないように」という像を作った理由が、あまりにも情緒的・センチメンタルなことです。これ自体は印象的で美しいエピソードなのですが、これだけでは物語として後に続くものがありません。各地に自分達の像を作りまくるという折角のヒンメルの面白エピソードなのですから、もう少し具体的にストーリーに関わるような理由はないのかな?ということがあります。

台詞回しのテクニックという観点からすると、「一人ぼっちにならないように」という感動的台詞は「実在したんだ」の不自然から読者の注意を逸らすための作者による目眩しなのではないか?とも思ってしまいます。

追記)ハイターが「どんな英雄でもいつかは忘れ去られます。きっと魔王を倒した勇者ヒンメルも例外ではないでしょう」(第4巻34話)と言っているとおり、世界を救ったクラフトも、人類の魔法の開祖フランメも忘れ去られ、最近では帝国の英雄ヴァルロスも忘れられていることから、忘れ去られないためのヒンメル(やゴリラ)の努力は「無駄」なことなのでしょう。ですから、「(フリーレンが)一人ぼっちにならないように」像を作ることも無駄なのだと思われます。それはヒンメルもわかっていて、それでも像を作ったということなのではないでしょうか。

フリーレンの記憶をめぐる攻防か?

ソリテールやグラオザームの「未来の情報(記憶)を奪う」計画も気になります。「奪う」というのが「記憶を消す」という意味なのか、「記憶を読み取る」という意味なのか。(第12巻116話、117話)

なお、グラオザームの「収穫」(第13巻118話)とはフリーレンの「未来の情報(記憶)」のことで、具体的には、ヒンメル達とフランメによる魔王討伐計画のことだと考えます。

フリーレンの記憶を読み取って解析すれば、ヒンメル達やフランメが裏で動いてフリーレンをエンデまで誘導していることやタイムリープを利用していることがわかります。これは魔王・魔族にとって最も知りたかったことでしょう。

魔王討伐を巡る魔王と人類の攻防は、フリーレンのタイムリープをめぐる攻防だと考えているのですが、フリーレンの記憶をめぐる攻防でもあるのかもしれません。


《葬送のフリーレン》に関する記事は下記のマガジンにまとめています。

160本以上の記事がありますが、最初の考察記事としてお勧めなのはこちらです。