《葬送のフリーレン》アニメ2期予習 第62話「旅立ちの理由」
原作最新話(第147話)までのネタバレ及び今後のストーリー予想を含みますのでご了承ください。
旅立ちの理由、きっかけ
この第7巻62話のタイトルは「旅立ちの理由」ですが、「理由」というよりは「きっかけ」なのだと思います。
ただ、「旅立ちのきっかけ」は第4巻35話のタイトルで既に使われています。そのために「理由」になったと想像しています。
第35話ではフリーレンとザインの「きっかけ」が語られています。フリーレンのきっかけはヒンメルだった。ですから、あのときのヒンメルと同じように今度は自分がザインのきっかけになろうとフリーレンは考えたわけですね。(ちなみに、ザインにとってのゴリラは、フリーレンにとっての南の勇者のようなものですね)

そして、この第62話はシュタルクのきっかけはフェルンだったというお話です。

これで現行パーティーメンバー四名のうち三名の「きっかけ」が語られたわけです。
では、残るフェルンの「きっかけ」は誰だったのか?ですが…
そういう人物は存在しないと私は思います。
あえて言うならフリーレンだと思いますが、「フリーレンが迷っているフェルンの背中を押した」というような「これがきっかけだ」と言える明確な出来事はなかったと思われます。(まだ描かれていないだけだったらごめんなさい)
フェルンの旅立ちの場面は、わざわざ「旅立ち」と言うような大袈裟なものではなくて、フリーレンから「じゃあ行こうか」と促されるだけのあっさりしたものです。(第1巻2話)

良く言えば、とても《葬送のフリーレン》らしい、力んだところのない自然体の「旅立ち」です。
このフェルンの旅立ちは他の三人と比較するとかなり特徴的です。他の三人の旅立ちには決意がありますが、フェルンの旅立ちにはそれがありません。
良く言えば「自然体」ですが、意地悪な言い方をすれば「成り行き任せ」です。
たとえば、フリーレンから「一緒に旅に出るか、それともハイターの小屋に残るか、聖都に出て仕事を探すのもいいかもしれないけど、どうする?」と選択を求められるような場面はないのです。この第62話でも、第2巻11話でもシュタルクは判断を任されていますが、フェルンにはそもそもそういった場面がありません。

フェルンの旅立ちは、ハイターは亡くなってしまったし、師匠フリーレンにとりあえず付いて行く他ない、という成り行きで決まっているように感じます。フェルンが主体性を持って旅に出ることを積極的に選び取ったという感じはほとんどしません。旅をしているのはあくまでもフリーレンで、フェルンはただフリーレンの「お供」として付き従っている印象なんですね。
余談ですが…
もし、フェルンが今回のシュタルクと同じ立場になって、旅を続けるかどうかを選ぶことになったら、フリーレンはなんと言うのでしょうか。特にフェルンが旅の継続に不安や疑問が生じて、少し迷っている場合です。
「好きにすればいい」(第1巻2話)でしょうか?シュタルクのときと同じように、完全に自己決定に任せてもらえるでしょうか?

確かにそうかもしれませんが、私はそういう感じがしません。
シュタルクとフェルンでは立場が異なります。シュタルクはアイゼンの弟子です。フェルンはフリーレンの弟子です。さらに言えばフェルンはフリーレンの子供です。(フリーレンはハイターからフェルンを託されています)
「なに言ってんの。フェルンは私の弟子でしょ。魂の眠る地に行って、ハイターに会うって約束したでしょ」くらいで済まされてしまう気がします。(第2巻9話参照)

フリーレンは適当なところがある反面、こういう些細なことを意外と覚えています。
師弟愛だといえばその通りです。
ただ、フェルンの主体性は、こういう成り行きに任せるかたちでずっと蔑ろにされていて(別にハイターやフリーレンに悪意があるとは考えていません)、それがフェルンの人格に大きな影響を与えています。
ですので、フェルンが自己を確立する場面は物語の一つの山場になると思います。
ゼーリエとフランメのように思想的な立場の違いをきっかけに(『前奏2』で具体的な描写がありました)、フリーレンとフェルンも親離れ子離れをするのではないか?というのが一つの予想です。
フェルンの大事な物
第62話プロローグのフェルンがアクセサリーの手入れをする場面も印象的です。

フェルンはアクセサリーの手入れをして自然に笑みがこぼれています。(こういうフェルンの日常的な幸せを描いた場面としては、お菓子を食べながらラヴィーネやカンネと談笑する場面があります。第5巻47話)

フェルンがアクセサリーの手入れをしている場面からは魔導具を集めて喜んでいるフリーレンを思い出すのですが…

私はここにフリーレンとフェルンの違いを感じます。(第6巻49話)
フェルンがアクセサリーや道具の手入れをしている時に自然と笑みがこぼれるのは、当たり前ですが、物としてのアクセサリーや道具それ自体が愛おしいからではありません。それが「誰かから貰った物だから」です。

フリーレンから貰った蝶の髪飾り、シュタルクから貰った鏡蓮華のブレスレットだから手入れをしていて二人のことを思い出して幸せな気持ちになり、自然と笑顔になるのであって、迷宮の宝箱から手に入れた宝飾品を手入れしても笑顔にはならないわけです。
魔導具に頬ずりしているフリーレンとは根本的な気質の違いを感じます。(フリーレンはかなりの変人ですが)
フェルンもフリーレンと同じように魔法は好きなのでしょう。(蒼月草のエピソードで描かれています)
でも、この場面を見ていると、フェルンは魔法よりももっと大切なものを見つけるような気がするのです。
結局口説き落とせなかったか…
ヴィアベルがシュタルクをパーティーに誘っていたのは夜なのですが、翌朝、別れ際になってから「結局口説き落とせなかったか…」と呟いています。別れの時がやってきて「時間切れ」になったためにこのタイミングで呟いているのですね。
が、このタイミングで呟かれると(いわゆる「朝チュン」のタイミング)、読者視点では昨夜のシュタルクとフェルンの関係(今一歩踏み出せなかった)について言っているようにも読めてしまい(もちろんヴィアベル視点ではそんなことは知らないはずですが)、可笑し味を感じます。また、それはそうとヴィアベルとエーレの関係はどこまで進んでいるのだろうか?という想像もしてしまいます。
おわりに
前回に引き続きフェルンのことが多くなってしまいました。
フェルンの悪口を書いているみたいですが、別に嫌いなわけではありません。
でも、フェルンって読者に媚びる様に可愛く作られたキャラクターではないですよね。(ユーベルは可愛く作られたキャラだと感じます)
よくわからないキャラクターです。
《葬送のフリーレン》に関する記事は下記のマガジンにまとめています。
180本以上の記事がありますが、最初の考察記事としてお勧めなのはこちらです。
これを読んだ上で、フランメ、ヒンメル、エーヴィヒ、ゼーリエ、大魔法使い、などで検索すると物語の全体像に関わる考察が出てきます。
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