『葬送のフリーレン』のほんとうに凄い(怖い)ところ

『葬送のフリーレン』の凄いところは、ヒンメルの言動のバックグラウンドをほとんど描かないままエンターテインメントとして十分に成功してしまった、ということかもしれません。

それとも、これくらいのことは、昨今では当たり前なのでしょうか。

もう少し丁寧に言うと。

『葬送のフリーレン』の物語の骨格は、「魔王の討伐に失敗した勇者ヒンメルが、時空干渉を利用して過去の改変を行い、魔王を討伐するお話」です。(Aパート)

そして、この骨格に付随して、ヒンメルとフリーレンの成長や二人の関係性の発展を描くお話でもあります。(Bパート)

『葬送のフリーレン』で凄いのは、Bパートの過程をほとんど描かず、Bパートの結果だけを見せることでエンターテインメントとして成功していることです。

そのことは、ヒンメルについてまだほとんど何も語られていない第11話での彼の台詞が、素直に「名言」として一般に受け入れられているところに象徴的に現れています。(これを名言として受け入れるまでに私はかなりの読み込みを必要としました。)

僕はね、終わった後にくだらなかったって笑い飛ばせるような楽しい旅がしたいんだ。

『葬送のフリーレン』原作:山田鐘人、作画:アベツカサ
単行本第2巻第11話、アニメS1-EP6

おそらく、Aパートの詳細やBパートの過程を描くことよりも、Bパートの結論を見せる――例えば、ヒンメルとフリーレンをキービジュアルにして「女神の石碑」編で映画でも作った方がエンターテインメントとしては成功できるのが現状なのでしょう。多分。

だから、これは凄いというか怖いことであると思います。

こういった状況で『葬送のフリーレン』という物語を作り続けることの難しさを、私には想像できません。

作者の当初の構想が形になることを願います。


※第11話のヒンメルの「名言」を私が受け入れられるようになるまでの過程が書かれています。

※『葬送のフリーレン』に関する記事はこちらにまとめています。