自分の人生語り3
こんにちは、こんばんは。
長くなるので先に話しますが、今後の展開としては、自殺未遂を何度もしたり、包丁を振り回されたり、自室の鍵を開けられて夜中まで殴られ蹴られして眠れない日々が続いたりします。
どうか、そんな日々までお付き合いください。
かくして、10歳(小4)の秋学期から千葉県松戸市に移りました。11歳(小5)の終わりまで約1年半いました。
母が明るい子です、と紹介したことにやや違和感を覚えつつ始まった学校生活はとても良好でした。兵庫の子たちとも文通で繋がっていましたし、兵庫に帰れば友達がいるという謎の自信があったことも幸いしていたのかもしれません。
今となっては何にもならぬ塵芥みたいな自慢ですが、運動も勉強もそこそこできました。
部活動は、夏はミニバス、冬は短距離の陸上で掛け持ちをしていました。特に足が速く、バスケでは長距離マラソンで3位を取ってしまったためにクラブチームに勧誘をうけました。
地域によって運動会の開催時期も異なるため、初めての行事は運動会でした。
すぐ始まった行事と、学区が荒れていなかったことも幸いし、友達はすぐにたくさんできました。大学時代まで交友が続いた子もいました。社会生活における安心感は、この頃はまだ保てていました。
マラソン、書道、美術、標語などのコンクールで金賞をとったり、県代表になったり、勉強でも公文式を習っていたおかげか、90点だと低いと感じるくらいできました。公文式でも毎回トロフィーをもらっていて、国語は県でもランク一桁でした。この頃から本が大好きで、毎月買ってもらって読んでいました。転校から半年後に先生から学級委員長に推薦されて務めたりしました。
まだエスカレート前でしたが、家庭ではこの頃から母のヒステリーが垣間見えていました。
例えば門限は17時でしたが超えてしまう、土曜に洗えと言われていた上履きを忘れてしまって日曜に洗う、給食袋を出し忘れるなど悪いことをすると「歯を食いしばれ」と言われ、顔をグーや平手で殴られるようになりました。呻いて倒れていると、背中を思い切り蹴られるようになりました。自分は、ダンゴムシのように丸まりながら、蹴られるたびに、金属でできたハートがボコボコと凹んでいく様を思い浮かべるようになりました。
母は、自分が痛いと泣き喚くまで決してやめませんでした。自分が悪いわけではないと感じることも多々あったため、意地でも泣くまいとするようにして我慢していましたが、それでも最後には泣きました。顔は跡が残るのであざができないように力を加減して殴る、思い切りは背中や腹に、見えない場所を殴ると言われて殴られていました。実は足や腕にはつねられてよく青あざができていました。
うずくまって時間が経つと、急に抱きしめて頭を撫でられながら謝られて、自分はそれに安堵して眠っておしまい、が常でした。
ある時、母に殴られたり怒鳴られることがいやになりすぎて、パジャマのまま雪の中を裸足で出て行ったことがありました。初めての家出でした。駐車場のアスファルトの冷たい感触は忘れられません。
その時、父が迎えに来ました。母が迎えに行けと言ったから来たと言われました。出て行っても母には心配されないんだ、探しにくる手間はかけてくれないんだ、とショックを受けたことをよく覚えています。この頃から父は、自分が暴力を受けても見て見ぬ振りをするようになりました。
児相に相談するぞと脅したこともありましたが、刑務所のような生活が待っているとくどくど脅されました。もう少しあとになって、児相に通報したことがありましたが、もっと酷いネグレクトを話されて終わりました。自分の境遇は恵まれていたんだと、苦しみながらも受け止めました。暴力もネグレクトも辛いことではありますが。
宿舎は3階に住んでいましたが、その頃からバルコニーから飛び降りて死ぬ妄想をしはじめました。
友達に、怒られたら暴力を振るわれたりするか聞いたことがありましたが、皆そのようなことは全くないと、話し合いで終わると聞きました。
近所に嘘つきで有名な女の子がいました。その女の子は犬に噛まれてから、足の脛に金属でできた骨が入っていると言っていました。
本当か嘘かどうかは今となってはわかりません。
自分は、一番はその子のように異常や嘘つきだと思われて仲間はずれになりたくなかったということ、母から、「誰にも言うな」「言っても信じてもらえない」「頭がおかしいと思われるだけ」という言葉を暴力を受けながら投げかけられていたということもあり、怖かったため殴られたり蹴られたりしていることを、誰にも一切言いませんでした。
母は三者面談では穏やかに振る舞い、家に帰ると怒鳴りつけ殴りました。
自分も外では穏やかに振る舞い、家に帰ると泣くようになりました。あまり家に帰りたくなかったため、放課後は毎日門限ギリギリまで外で遊んでいました。
味方がいるようで全くいない、他人には理解されないという感覚がうまれはじめました。
続きます。
