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どこ見てますか?|家庭と空腹です

子育てと内省、そして社会への静かな絶望を因果と構造で捉えて生きる定年前会社員。
ニュースはほぼ見ません。
趣味もありません。
唯一の楽しみは、メタ認知で空腹を調整することくらい。
※「今日は獲物が獲れなかった」と脳に言い聞かせるタイプです
 
僕のマイページの紹介文です(2026年7月14日時点)。
 
 
子育てと内省、そして社会への静かな絶望を因果と構造で捉えて生きる
これはブログによく登場する内容なので、詳細は省略。
今回はその下。
 
ニュースはほぼ見ません。
趣味もありません。
唯一の楽しみは、メタ認知で空腹を調整することくらい。
※「今日は獲物が獲れなかった」と脳に言い聞かせるタイプです
について、今回は自己分析してみます。
 
 

■ ニュースはほぼ見ません。

何でなのか考えてみました。
 結論。
子育てと内省にあまり関係ないから。
社会への静かな絶望を助長するから。
 

■ 趣味もありません。

何でなのか考えてみました。
 結論。
子育てと内省にあまり関係ないから。
  

■ 何でだろうか?

ここで思います。
何でここまで子育てと内省にこだわっているのか?
たぶん......
 
僕は構造を取りに行く資質が強いらしい。
我が子にしろ自分にしろ、未知の構造がたくさんある、と僕の僕の探索欲求が騒ぐのだと思う。
 
一方、社会システムも構造の宝庫。
なのに、これは興味の対象にならない。
何でだろうか?

Inga-Kozoの社会への静かな絶望」と題していくつか記事を書いたけど、そこに理由は書いてある。
そう、社会と距離を置きたい(接続は最低限としたい)。
構造を取りに行くと絶望が増えるから。
自分の防衛本能かもしれません。
 
構造を取りに行く本能。
社会との距離を置くのも本能。
 
前者は扁桃体が反応する前の探索。
後者はストレス反応を受けた後の防衛。
 
「本能」と書いたけど、たぶん、厳密には違うと思います。
構造を取りに行く本能:探索欲求に基づく行動
社会との距離を置く本能:ストレス抑制に基づく行動
こんな感じなのかもしれませんね。
 
脳が処理できる情報の量には限りがあります。
容量が何TBあるのか知りませんが、とにかく有限です。
だから、僕は恐らく、
 
僕が今やるべきこと。
家庭の空気を安定させる。
我が子の揺らぎを家庭内に伝播させ過ぎない。
 
ここに注意が向いているんだと思います。
これを処理するのが最優先タスクになっているので、それ以外は「処理対象外の情報」として扱っているのかもしれません。笑
結局、僕がやっていることは情報制御なのだと思います。
 
まとめると、
 
子育て・内省
→ 理解することで家庭や自分を改善できる
社会
→ 理解しても直接制御できない、しかし問題構造は見えてしまう
この前提で、どこに僕の脳のリソースを投入するのかを考えながら(無意識ながら)、生活してるんだと思います。
 

■ ちょっと寄り道。

唯一の楽しみは、メタ認知で空腹を調整することくらい。
※「今日は獲物が獲れなかった」と脳に言い聞かせるタイプです
 
これを、20万年前作戦を自分の身体を使って検証しています。
これは本当の話ですが(ここまでの話も本当の話だけど)、空腹には偽の空腹もあるそうです。
「三食きちんと食べなきゃ」という、長年積み重ねてきた習慣が、その偽の空腹をカモフラージュするそうです。
実際のところ、一食食べなくたって倒れることはなく、良い意味での副作用としてダイエット効果があり、ちょっと太目だったおなかが標準値になりました(体重もセットで)。
 
もちろん、自分の思い込みでやるものではありません。
きちんと、かかりつけ医などの医療機関に相談してください。
僕はかかりつけ医に言いました。
 
先生:体重、落ちたね。何かやったの?
僕:メタ認知で空腹を調整しています。狩りが成功したか失敗したか。それで食事の量を決めています。
先生と助手:なにやってんの!?笑 じゃあ、肝臓のエコーと採血で確認しようね。
 
結果は、問題なし。
しかも、規定値オーバーだった中性脂肪も改善されました。
まあ、旧石器時代に中性脂肪が規定値オーバーだった人は(たぶん)いなかったわけで、ここはホモ・サピエンスが持つ調整能力が働いたんだと思います。笑
 
 

■ 最後に

そういえば、社会との接続を最小限にした結果、ちょっとした不具合が発生しました。
我が子の宿題で、作文のお題が「好きなスポーツ」とありました。
スポーツに興味ない家庭もあるやろ!!
と、当然(?)、テレビをほとんど見ない我が家にとっては“無理ゲー”レベルの難題です。
まあ、自転車に乗って近所を散歩することを「サイクリング」とカテゴリジャンプさせ、この難題を通過しました。
 
その他、気づいたらオリンピックが終わっていた(始まったことを知らなかったんだから、どうしようもない)、ナフサが足りないらしい(2026年7月14日時点)等、生活に支障はないものの、なんか、自分に対してビミョーな何かを感じることがあります。
たぶん、勘違いだと思うけど。
 
どっかで書きました。
未知の未知。
でも、この手の未知の未知は未知のままでイイ。
だって、それが僕の進む「道」ですから。笑

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