水龍の守護
前回の投稿から230件位の記事を回っての更新です。
noteではなく現実の日常でのお話しです。
個人や店舗で仕事をされている方々は、得ている知識や技術、情報や道具などは常に最新ですが、毎回同じ話しをしていました。
最新のセールストーク以外がずっと同じで、私は前回のお話しもその前のお話しも覚えていました。
私は興味のなさそうに反応し、店員さんもそれを察知しながらもずっと話していて、お互いなんだこれは状態でしたが説明が止まりません。
「へーなに言ってんだって感じですよね?」と言われたため
「まぁそうなんですけど、完全にこの2時間、入店してからの全部丸々2回目ですからね、この話し聞いてるの。」と言うと笑っていました。
「大概覚えてないから・・・。」だそうですが、いえ全て丸々覚えています!
相手も驚いていましたが、こちらも覚えていないだろうと思った話しの内容を覚えていてびっくりしました。
逆にもっと頻度高めで訪問していた個人の方の方が、話してきた内容をあまり覚えていなくて興味なさそうでしたね。
自分が普段触れていない話しに触れることは、引き出しが増える機会になります。
自分が発信することや特定のものに固定されていくと狭くなっていくのかもしれません。
ということで今後も皆さんの記事を見て回ります。
これは実話であり私自身の体験談です。
数年前に私の所に3体の水龍がやって来ました。
私より頭1つ分位高くて、全身が水で出来ている長細い三つ子のような龍たちです。
この時は3体共、いかにも水らしいブルー一色でした。
特に話すこともなく、常に一定の位置に居て、私の作業部屋とダイニングキッチンの境目に居ました。
皆何かしらの用事や役割があって来るため、この子たちも何かしらあるのだろうと、毎日の挨拶だけしていました。
ある日小さなフライパンでドレッシングを作っていたのです。
もう何度も作っていたのでいつも通りだったのですが、この時だけ一瞬ボーッとして止まってしまって中身が弾け飛びまして、ブックブクに沸騰した調味料が広い部屋全面に大爆発しました。
とにかく凄かったです。
何が起きたのかと立ったまま目と頭だけ動かして状況確認しました。
天井、床、遠い後ろの壁、着ている服、メガネ、髪の毛、もう全体的に油まみれになっていました。
しかし完全に沸騰していたのに、全然熱くないのです。
ただ状況確認が終わった直後、私の左の靴下に落ちた一滴がジューッと音を立てて染みた時、確かにその下の皮膚は熱さを感じました。
髪は全面で、メガネの裏にも飛び散っているのに、私は傷1つ負わず、顔面には油が全くついていませんでした。
服にも沢山ついているのに、足の一滴以外全く熱くなかったので、とても不思議な体験でした。
足の油が音を立てて浸透した頃、家族が帰宅。
その時に見えた様子は、水龍が私の前面と両サイドにおり、それ以外のものたちも全員集合して私を囲っている様子でした。
水と油は混ざりませんからシールドになったのだと気づきました。
水龍が私より大きかったのは私を覆うためだったようで、背面は必要ないため3体、キッチンで事が起こるため、3体共その境目で常に見える位置に待機していたのです。
そして部屋中の汚れは家族が掃除してくれて、私はこの神秘体験に集中できました。
霊的な経験に関しては本当に色々と恵まれています。
一時期移動した水龍が先月?戻りました。
足下一面の白が開き、石で造られたようにも見える巨大な井戸のような空間が下へと広がっており、そこは全体が水で湿っていて、石は濡れて黒っぽい灰色だったり焦げ茶だったりする所から、岩のような肌のゴツゴツとした龍が3体のぼって来ました。
水と岩の性質を兼ね備え、水だけだった頃よりも強く大きくなって水龍たちは戻って来ました。
現在は部屋のサイズに合わせてか、また小さめにおさまっています。
今度はどんなお役目なのでしょうか、それとも出迎えのために出て来たのか、相変わらず目的はわかりませんが、実際に助けてくれた存在がまた共に居てくれるのは心強い限りです。
あなたには自分を護ってくれる存在がいますか?
私たちの間には会話や気遣い、義理人情や取引、駆け引きや条件、契約や約束は何もありません。
ただそれぞれにお互いの存在と共存を受け入れ、何も知らずとも何かで交わる瞬間がある、あるいはただそうして共にいるだけでもいいでしょう。
Britney Spears-Overprotected 日本語字幕【和訳】
1つ前の記事に埋め込んだ曲では、他者の目と言葉によって萎縮していくような人物像がイメージできました。
そこでは守ってくれる者はおらず、それでも自分や他者を鼓舞しているような姿が表れていたように思います。
今回の曲では逆に守られ過ぎて自由や自分を見失っている人物像の葛藤がイメージできます。
どちらも自分を表現することと、他者との間に起きてくる葛藤の中にいるように思えます。
自分自身と向き合ったり、人生というものを実際どうやって取り組めばよいのか、正解や答えが欲しくて、簡単にそれが欲しくて、ただ真似るだけで失敗のない簡単なものが欲しい、というのが多くの人の本音なのかなと思います。
迷いも不安も不確定さも失敗も間違いも不明瞭さも、何も経験したくはない。
安心して安全で成功と楽しみと喜び、それらの保証のある確実なマニュアルや道、それは誰かが通った成功体験の道や、誰かが敷いてくれるレールのようなものかもしれませんが、そういったものが欲しいのです。
それを用意できるのは同じ人間であり、人が作った道や教本、お手本ならいくらでもあります。
ですが私たちが推奨できるのは、一人一人違うことを前提とした、自分だけの道をまず一歩歩いてみることです。
それが正解なのか、どこに答えがあるのかは後の話しで、まず具体的な行動を進めていくこと、これにつきます。
できている実感や結果が欲しいと思うかもしれませんし、正しいのかもわからず先が不安なまま進むことになるかもしれません。
自分がしていることやしてきたつもりのものが、本当にあっているのかさえわからないのは当たり前であり、そういった思いに駈られること自体は「そうなると思う。」と答えられます。
それらは後でわかることです。
安全と安心と保証が最初からあるものは既に誰かが通った、それを残した人の世界のものであり、あなた独自に用意された世界のものではありません。
ここが重要なのです。
人はよく、人を囲います。
人はよく、人の足を引っ張ります。
人はよく、他の人が居ることで安心と保証を得ています。
この曲を選択したのは今年の3月始めですが、一度聞いた後に出てきた言葉は
「自分の意思を持ち 自由を得て 責任を持ちなさい」でした。
これはこの曲の人物像のように、他者に守られ過ぎており、他者の与えるものが自分の世界になっていて、そこに葛藤を感じているがどうしようかと、結局一歩も進めないでいる方へ向けられている言葉です。
そしてこの言葉もまた、水の女神が残していった一言です。
今回はここまで、また数百件の訪問の後に続きを書きます。
水は大きな守護の力を持っていることを知ってください。
