虫送り(四日市市富田地区) 2011年7月9日
「害虫」という言葉がまだ無かった時代に、農作物が豊かに実るように、虫たちの退散を願って行われたのが虫送りである。
かつては農村のあちこちで見られた年中行事のひとつだったが、四日市市内各地では、大正から昭和初期頃、相次いで廃止されたらしい。富田地区でも長らく途絶えていたが、3年前に55年ぶりに地域の行事として復活させた。
農作物に被害をもたらす「害虫」には、今では農薬の使用が当たり前になっている。江戸時代でも大蔵永常が『除蝗録』を著し、鯨油を用いた駆除法を紹介するなど、虫対策の研究はあった。
しかし、江戸時代はもちろん明治に入ってからもしばらくの間、技術的にも、意識の上でも、農家の人々にとって、虫の存在は人間の力で解決できるものではなく、天災だった。そして、収穫のためとはいえ、虫など生類の命を奪うことを悲しむ心根をも抱いていた。
鉦を先頭に、燃える松明を持った人々が畦道を進むと、辺りは打ち鳴らされた鉦の音と火と、煙幕で騒然となった。虫送りは、豊作への祈りの込めた村の大切な行事だったのだろう。




(2011・7・11記 中島久恵)
