昭和時代の小学校になかったもの、令和時代の小学校にはあるもの
小学校の記録映画です。
昭和時代に小学生だった自分が、↑をみていて、明らかに羨ましいと思ったのは、掃除の時に、↓を使っていたことです。

使い捨て手袋
昭和時代の小学校では、生徒に水仕事や汚物取り扱いをさせておきながら、1枚1円の使い捨て手袋すら用意しませんでした。ポリエチレンのディスポ手袋なんて、新素材ではないので、昭和時代にすでにあったのです。価格だって昔から安かった。それなのに、昭和の小学校には、こんなものは、影も形もなかった。冷たくても、熱くても、汚くても、あらゆる作業を素手でやらせていた。
水拭きによる床の雑巾掛けも、草むしりも、トイレ掃除も、ほぼ、素手だった。
素手の雑巾掛けは、臭くて冷たかった。
素手でやらされる草むしりは、手が切れて痛かった。
トイレ掃除用にはゴム手袋がありましたが、手袋自体が臭くて汚くて使いづらかった。だから、素手でやっていたことが多かった。
手を洗おうとしても、手洗い場の水は冷たくて、ペーパータオルもなくて、小さなハンカチで手を拭うしかなかった。
毎年、冬季には、手が霜焼けでひび割れ、出血していました。
「子どもは風の子」という標語は、こどものアメニティに配慮しないことの免罪符でした。「子どもは風の子」だから、暖房なくても上着を着てはいけない、冬季に水仕事をさせてもいい、素手で草むしりをさせたり、素手で手が汚れる仕事をやらせてもいいということになっていました。
いまだに、「素手で辛い水仕事をさせる」風習は、医療分野に残っています。
看護学校における、清拭実習です。
60度くらいのお湯に素手を突っ込んで、タオルを絞ったりするのです。
熱くて、手は真っ赤になります。低温やけど寸前です。経験者は全員が二度とやりたくないと言っている。
お湯から取り出すおしぼりによる清拭実習が必要かどうか疑問ですが、必要あるとしても、使い捨て手袋を使うだけで、大して熱くなくなります。
私は自宅キッチンの洗い物ですら、使い捨て手袋を使用しています。湯が冷たくても気にならない。
