[小説] 未熟なテロリストと王女の踊り
ダークナイトはテオが生まれる前の映画だけれど、病院が吹き飛ぶシーンを見た瞬間、八歳のテオは以前と変わる。瓦礫と炎で胸がいっぱいだ。庭で爆竹を爆ぜさせても満足できなくて、図書館に行き発破技術の本を手に取る。司書は誰がどの本を借りたか外に漏らすことはないというけれど、テオは棚の陰に隠れてページをめくる。本から顔を上げるたび、図書館中に爆弾が設置されていく。家に帰ったテオは上の空で、それを見た母は戸惑い、父はぼんやりするなと叱る。姉だけは気にかけて、でもテオはその日は話さない。プラスチック爆薬と雷管を取り付ける手順の確認で忙しい。ベッドの中でも仕事は続く。
(言い争う声が聞こえる)
十四歳のカーラはテオの話を聞いて笑う。弟はまだ子供、夢中になっているのが愛おしい。テオが触ると怒られる父親の本棚から、雑誌を持ち出して写真を見せる。これはどう壊すの? テオは精一杯の知識で答えて、それをノートに書き込む。見当外れな計画でもテオとカーラの想像の中で、ル・コルビュジエの小さな家は粉塵をあげて倒壊する。
(怒鳴り声と何かが割れる音)
世界中の建築物をテオは倒壊させていく。カーラは学校から帰るのが遅いしいつも遊びに出かけているけれど、時々テオの話を聞く。弟はどんどん大きな建物を崩せるようになっている。ポンピドゥーセンターを倒壊させるのは大変だった、でもサグラダファミリアはもっと困難だ。精巧な装飾に覆われた四つの尖塔がテオを惑わせる。カーラはノートをのぞき込み、貼られた写真を見つめて、聖家族教会なんてヤな名前だね、と呟く。
(泣き声、叫び声、泣き声、叫び声)
教会の作業が捗らなくなったころ、テオはブリューゲルのバベルの塔を目にして息を呑む。教会に取り組むのは中断して、塔のことだけを考えはじめる。内側に崩落するように爆弾を取り付けたいけれど、過剰な巨大さと構造が邪魔をする。カーラも一緒になって考える。見えない内側、階層の断面を二人で描く。神様より先に崩そうね、とカーラは言う。神様のせいでめちゃくちゃなんだからさぁ、それならわたしたちがやったほうがいいんだよ。作り話でもなんでも、気に食わないのは壊さないと、わたしたちのほうが壊れちゃうでしょ? カーラの言葉はテオにはなんとなくしかわからなくて、歪な線を引く姉の指を見つめる。
塔が崩れるより先にカーラが消える。夜が更けても帰ってこないし電話もつながらない。母はパニックを起こす。父は警察に電話して、数十分後にやって来た警官たちに事情を話す。苛立つ父を相手に、警官たちは慣れきった様子で淡々と応じる。ええ、そうでしょうね。ただこの年頃の子供が無断で外泊することはよくありますから……
新聞に小さくカーラの写真が載る。行方不明、誘拐された可能性。部外者から見当外れの電話が何度もかかってくる。母は泣きっぱなし、父はずっと不機嫌で、母を慰めた直後に壁に物を投げつけて悪態をつく。テオの誕生日がきても祝われることはない。ノートはずっと閉じられたまま、テオが考えるのは姉のことだけだ。どこかに消えてしまったカーラ。インターネットが幼い想像力をアップデートする。人身売買により提供された子供は性的暴行を受けて誘拐された子供は裏庭に埋められ監禁された子供は心的外傷後ストレス障害により発見された子供は生きたまま臓器を摘出されている。単語を検索するたびに、被害者の顔がカーラに変わる。暗闇から響く悲鳴が、テオの眠りを妨げる。
下校途中のテオを待っていた男には見覚えがあって、自分はカーラの恋人だと話しかけてくる。突然カーラへの支離滅裂な文句を喚き散らして、勝手にどっか行くなんて最低な女だと吐き捨てる。テオは混乱で青ざめる。気がつくと男に掴みかかっている。目元に爪を食い込ませて思い切り振り下ろすと、肉を抉り取った感触がある。クソガキ! テオは殴られて、蹴られて、もう一度蹴られる。血の味が口に広がって左顎が火照る。うずくまって泣いているテオを一瞥して男は去る。新品のナイキが遠ざかっていく。
カーラがいない形の生活が作られていく。いま娘は遠くに出かけているだけなんですよ、というふうに。姉のことが頭をよぎるたびにテオは想像を締め出す。母はふさぎ込んでいて、父は不機嫌なままだけれど、二人はありふれた中流の家庭というモデルに沿って、家の修復を進める。日々が過ぎるほど精巧さを増していく。部屋は閉ざされ写真は隠されて、名前が口にされることもなくなる。
雨の日、テオが郵便受けから手紙をとってくると、中に一枚の絵葉書がある。他の手紙ほど濡れていなくて、テオが手に取る直前に入れられたみたいだ。宛名も何も書かれていないけれど、裏側には尖塔が四つの教会が印刷されている。カーラからの手紙だとテオは思う。浮かんでくるいろんな可能性を振り払って、カーラだ、カーラからの手紙だ、カーラが家の前に来てこれを入れたんだと強く思う。カーラは生きていて元気なんだ! 母さん! 父さん! カーラの手紙だ! カーラから手紙がきた! 二人は驚いて駆け寄る。差し出された絵葉書を見て困惑した顔を浮かべ、母はなにを言っているのと呟いて泣く。父はテオの頬を打ってふざけるんじゃないと罵ったあと、謝りながら抱きしめる。カーラだよ! カーラの手紙なんだよ! カーラの笑顔が駆け巡り、小さな手の中で絵葉書はぐしゃぐしゃになっている。カーラと二人で壊したんだよ!
