チェーンメールが民話になるとき|池田香代子さんの声を聞いて
『世界がもし100人の村だったら』という本の先に
先日、小学生の子ども2人を連れて、池田香代子さんのトークショーに行ってきました。
『世界がもし100人の村だったら』という本は知っていましたが、
その本がどんな想いで生まれたのかを、著者本人の口から直接聞けたのは初めてでした。
もともとはドイツ語の翻訳家
池田さんはもともとドイツ語の翻訳家で、グリム童話などを日本に届けてきた人です。
そんな彼女のもとに、あるとき「世界がもし100人の村だったら」の元になるチェーンメールが届いたそうです。
現代の“民話”として
メールを読んだとき、池田さんはこれを「現代の民話」だと感じたそうです。
グリム童話が昔、人々の口から口へと伝わってきたように、
この文章も誰かの手を渡り、誰かの口から口へと伝わっていく。
だからこそ、文章を本にして残そうと思ったのだと話していました。
テロと中村哲さんの活動
本を形にする直接のきっかけは、2001年のアメリカ同時多発テロのとき。
「犯人」とされたアフガニスタンで、水道を作る活動をしていた中村哲さんの存在を知り、
池田さんは「何か自分にできることを」と思ったそうです。
結局、印税は中村哲さんでなく、さまざまな非営利の活動に寄付され、
本を買う人が増えるほどに、支援が世界中に届いていきました。
本を読むだけではわからなかったこと
『世界がもし100人の村だったら』は、世界を「数字」で身近に感じさせてくれる本です。
池田さんは100人の違いは、朝、ごはんを食べるか、パンを食べるか、シリアルを食べるかの違いと同じだと。自分ごととして、捉えて欲しいという気持ちが伝わりました。
私も、これまでこの本を「わかりやすいデータの本」くらいに思っていたところがありました。
でも、あのトークショーで「言葉の奥に、誰かを想う気持ちがあったんだ」と気づいてから、
ページをめくると景色が全然違って見えるようになりました。
「子どもに何を伝えたいですか?」の問いと「ごめんなさい」
トークショーの質疑応答の際に、「子どもたちに一番伝えたいことは何ですか?」という質問がありました。
池田さんはすぐに、子どもたちの方をしっかり見て、はっきりと「ごめんなさい」と言ったんです。
その「ごめんなさい」は、
「私たち大人が、もっと解決したり、良くしていかなくてはいけなかった問題を残したまま、次の世代に背負わせてしまってごめんなさい」
という意味だったのだと思います。
だからこそ、この本は読むだけで終わりじゃなくて、
大人の私たちや子どもたちが行動していくための物語なんだと感じました。
それでも、残る希望
途中でひざのかさぶたをいじっていた8歳の末っ子が、
最後にメッセージカードに書いたのは「お金や食べ物を分けてあげる」という言葉でした。
全部がわからなくても、子どもはちゃんと何かを感じ取っているんだなと思いました。
チェーンメールが本になり、現代の民話になった
チェーンメールから始まった文章が、本になり、
誰かの口から口へと伝わる「現代の民話」になった。
池田さんの言葉を思い出しながら、
私もこれから、誰かに小さくでも伝えていけたらと思います。

当日の親子での体験記はこちらに書きました👇
