湯本香樹実『夏の庭』
私は週4日、中学校の図書館で司書をして、週に2日、学童で放課後児童支援員をしている。学童っ子の外遊び。子どもたちが、ダンゴムシやらカナヘビをつかまえているのを見て、ふと思った。娘や息子が、そのへんの生きものを、持って帰らなくなったのは、いつだったか。
最後の記憶は小3の頃の息子(4年前)で、枝つきのカマキリの卵を、「友だちからもらった」と、うれしそうに持って帰ってきた。そういえば、娘が近郊の田んぼで釣り上げ、「カニ太郎」と名づけたザリガニがいたことも思いだしたが、いつ死んだかも思い出せない。
うちの子に関していえば、低学年の頃の虫取りや土いじりが、やがて自転車を乗り回すようになり、体の成長と共に遊びがバスケやサッカーなどに変化し、そして、公園から行き先が塾に変化して、今に至る。
先日、中学校の図書館オリエンテーションで、幼いころに恐竜や虫、あとは石が好きだったおぼえはないか?と問いかけたところ、その時はおとなしい反応だったものの、その後、思い出したように「鉱物」や「昆虫」の本を借りる生徒が次々とあらわれた。それと同時に「宇宙」や、「死」についての本を借りる生徒がいたものだから、「いのちの循環」を想い、その時頭の中に浮かべた作品が、これだった。
腕白な小6の少年3人が、親戚の死をきっかけに「死」に興味を持ち始め、近所に住む、いまにも死にそうな独居老人の観察を始めるという話だ。老人はすぐに気づき、少年たちと温かい交流がはじまる。戦争の話、終戦後は会っていない妻のこと、会わせてあげたい少年たちのドタバタ。夏の空の青さや、木々の瑞々しさまで伝わってくるような、うつくしい少年文学だ。
私は、カナヘビやカブトムシが死ぬまで観察をする子どもたちを見つめながら、「カナヘビがリアルおじいさんになったすごい話だなあ」と、ちょっと不謹慎な感心の仕方をしてしまった。
いま、この世の中で、この作品のように、「近所のおじいさん」と、胸を打つ、心に響くようなやりとりができるだろうか。
自分の子でなくても、はしゃぎまわって私の腰に抱きつくちいさい体、何の疑いもなしに私の手を引くちいさい手のひら、そのぬくもり、心からいとおしいと思う。私はこの子たちに、何を伝えられるだろう。上から教えることなんて、何にも残らない。「自らの生」をもって少年たちに応えたおじいさんみたいなことは、私にはできないけど、せめて一緒に過ごす時間が、うつくしく、豊かなものとして、どこかで残っていてくれたらーーそんなことを思ったのだった。
