【ゲーム考察】「牛乳は買えた?」――Milk inside a bag of milk inside a bag of milk
※この記事は『Milk inside a bag of milk inside a bag of milk』のネタバレを含んでいます。
また、「ホラー」「精神的恐怖」に関するコンテンツが含まれています。
苦手な方はご注意ください。
はじめに
こんばんは。
かぐやです。
前回『Milk inside a bag of milk inside a bag of milk』というゲームがどのようなゲームなのか、またプレイした感想を投稿しました。
今回は、疑問点や不明瞭な点を考察し、作品の解釈をまとめていきます。
※以下、作品のネタバレを含みます。
ゲームをやったことがない方は、先にプレイすることをお勧めします。
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感想記事はこちら
考察
前提として、プレイヤーは主人公のイマジナリーフレンドと定義されています。
私達が目にするゲーム画面は、少女の視界を通した世界である、ということになります。
それを踏まえた上で、以下の3点について考察していきます。
1.少女の精神状態
2.少女と家族の関係
3."O"とは何か
1.少女の精神状態
※医療知識に関しては知識不足のため、具体的な病名などはあげません。
最初のシーンでは、少女は外出が久々であり、店に向かいながら、話す練習を繰り返していました。
また、歩数を厳密に数えており、途中で分からなくなるとパニックを引き起こしています。
このシーンから、彼女は過度の神経質である。
また、他のことを考え出すと、直前まで考えていたことが分からなくなってしまう、というように複数の情報を処理するのが得意ではない、と考えられます。
そして、少女と牛乳の関係について。
牛乳を購入後、彼女は「牛乳の重さが治療の辛さ」と話しており、牛乳を買うことができた今日を「特別な日」だと言いました。
少女にとって、牛乳は負の感情を呼び起こすものだと考えられます。
「牛乳」と「治療」、この二つの言葉から連想されるのは、牛乳アレルギー。
少女は牛乳アレルギーであり、牛乳に対する恐怖心を取り払うための一歩として牛乳を買いに行った。
これがゲーム内での出来事であり、それを達成することができたため、少女は「特別な日」と言ったのではないでしょうか。
ベンチに座ってから、彼女が自分についての話をします。
「薬が効かなくなっている」、「自分から見たバケモノは私を襲うわけではなく、むしろ私を怖がっているのではないか」、自分の見えているものと実際のものが違うのではないかと打ち明けてきます。
また、父親が飛び降り自殺をしたことが少女の口から明かされます。
それが少女の「最後の記憶」であり、以降少女の見えている視界は赤色で他の色の識別ができない。
ここで気になるのが、父親は1人で飛び降りたのか、ということです。
ゲーム画面では、「私のパパだったもの」として赤色のドット絵で表示されています。
おそらく、死体はかなり原型をとどめていなかったのではないでしょう。
そのような状態になるほどの飛び降りなら、父親が少女と共に飛び降りし、少女だけが生き残った、という心中の可能性は考えにくいです。
少女だけが目や脳にダメージを負いながらも生き残れたとは思えません。
父親が自殺し、少女が父親の死体を目の当たりにしてしまい、その精神的ショックが大きかったために視界に影響が出てしまったのではないでしょうか。
また、トラックにひかれそうになるのを直前まで気付かず、それをクマだと思い込んでいたり、柵にぶら下がって高所恐怖症を克服したとも言っています。
彼女は危機的状況に鈍感なのかもしれません。
「薬が効かなくなっている」と彼女自身も自分自身の状態が悪化していることには察しがついているようですが、「あはは……」とそれを誤魔化す様子が見受けられます。
視界の歪みなどが影響し、危険に遭遇しても仕方ない、というマインドになってしまっているのかもしれません。
ここまでの考察をまとめると、少女の精神状態は以下のようであると考えられます。
・過度な神経質。
・情報の処理が苦手。
・自分の状態を理解しているが、半ば諦めている。
・牛乳アレルギー。
・父親の自殺が原因で視界が変化してしまった。
2.家族との関係
母親は最後のシーンで登場しますが、まるで仮面をつけているかのような、表情がない顔をしています。
母親は少女に声をかけますが、「はい、ママ」と冷たい目で機械的な返事をしています。
このシーンから少女から母親への印象は良くないと思われます。
「牛乳を買わなきゃママに窓から捨てられちゃう!」という発言からも、少女は母親を怖がっているのでしょう。
では母親から少女への印象はどうでしょうか。
作中の台詞の中から、母親との関連がありそうな情報を見ていきます。
①外出をするのは久々
少女に牛乳を買いに行かせたのは母親です。
母親が少女を外に出させない、いわゆる幽閉状態にしていたとは考えにくいです。
わざわざ外に出す意味がありません。
むしろ、母親が外に出るきっかけとして牛乳を買いに行かせたと考えた方がしっくりきます。
②閉店1時間前
徒歩で移動しているので、最寄りのスーパーに牛乳を買いに行ったのでしょう。
しかし、閉店1時間前ならば、少女は夜8時~10時ごろに外出をしていることになります。
夜は暗く、事故に遭うリスクもありますし、犯罪に巻き込まれる可能性だってあります。
実際、イマジナリーフレンドの呼びかけなしでは、トラックに轢かれていたかもしれません。
なぜわざわざ夜に一人で買い物に行かせたのでしょうか。
これは、少女が人との関わりや、視界に入る情報が最小限で済むようにするためではないでしょうか。
外出をするのが久々であるために、母親は視界の負担や人の少ない閉店前に牛乳を買いに行かせたと考えられます。
③ママに窓から捨てられちゃう
脅しのように聞こえますが、本当にそうするつもりで言ってはいないでしょう。
少女が外に出る機会を作るために買い物に行かせた、という軸で考察するならば「娘にここまで言わないと行動しないだろう」という母親なりの考えなのかもしれません。
④寝ろ
帰ってきた少女との会話で、最後にに言い放った台詞。
まず、少女の帰宅後に「牛乳」について確認するあたり、少女と牛乳には何らかの関係性があるとみていいと思います。
気になるのが、たとえば「寝なさい」のほうが柔らかな印象になるのに、なぜ娘に対して「寝ろ」と強い言葉を選んだのか。
これは、③でも言ったような「娘にここまで言わないと行動しないだろう」と考えた結果のものかと思います。
少女は「文字や単語の認識が苦手」と言っていました。
レジのシーンでも店員が「もう、あなた、持ってる」と言っていましたが、これは少女が店員の発言を正確に認識できなかったためでしょう。
自分の娘が深く考えすぎてしまう性格を理解した上で、それを避けるため、母親は「寝ろ」と命令口調で言ったのではないでしょうか。
ここまでの考察だと、なぜ少女が母親に対しての印象が悪いのかは不明瞭です。
少なくとも、彼女と母親の間には何かがあるはずです。
ここで気になるのは、前述したプレイヤーの選択肢。
「前にもやり方教えたよね。いい加減にしてよ」「あんた、どうしようもないね」といった、少女を追い込むような言葉。
「ここじゃないね」など、少女に説明をするかのようなイマジナリーフレンドの文章。
これは、過去に母親から実際に言われた言葉なのではないのでしょうか。
少女があまり外に出ておらず人との繋がりが少ない、年齢が小~中学生であると仮定すると、人間関係における両親の影響は相当大きいはず。
そのため、過去に身近にいた人から突き付けられた言葉が、そのままイマジナリーフレンドの発言に投影されていると考えられます。
また、少女は家族について「複雑な家庭だった」と話していました。
これを「家族間の関係性が良くなかった」と解釈をすると、母親と父親の関係も良くなかったのではないでしょうか。
娘に関する揉め事は少なからずあったと思います。
また、それを耳にした彼女自身の精神も追い詰められることになることに繋がり、彼女の症状が悪化する。
それが原因で両親がまた揉め、少女の症状が悪化する……。
この繰り返しになり、結果的に父親のメンタルが先に壊れて飛び降りてしまった。
少女がそれを目の当たりにして「父の自殺は自分のせいだ」と思っているならば、それが少女に対する大きなダメージ、つまり視界が赤色になってしまったことに繋がったのではないでしょうか。
また、この一件は母親にも精神的影響を及ぼしているはずです。
以上から考えられるのは、父親の自殺の前後で少女と母親の関係性が変化したのではないか、ということです。
家族関係についての考察を、時系列順に並べ変えてまとめると……
少女は精神病を患っていて、自力で行動するのは難しい状態。
また牛乳アレルギーで牛乳を恐れている。
両親は最低限生活ができるように娘の教育をしていた。(学校や外出など)
⇩
しかし、娘は人並みに生活することはできない。
両親は「前にもやり方教えたよね。いい加減にしてよ」「あんた、どうしようもないね」「あーもうイライラするなあ」というような強い言葉を娘に浴びせたり、娘をめぐって揉めることがあった。
少女がそれを受け止め、段々と少女の重荷となっていく。症状が悪化する。
⇩
それによって両親の間にまた揉め事が起こる。
父親、母親の精神が擦り減っていく。
それによりまた少女の精神も擦り減っていく。症状が悪化する。
⇩
これを繰り返していくうちに、最初に父親が精神的に耐えられなくなる。
父親が窓から飛び降りて死亡。
少女がこれを目の当たりにしてしまい、視覚、記憶力に影響が及んでしまう程の精神的ダメージを受ける。(視界が赤色になる)
これが「最後の記憶」になる。
⇩
少女が(より)外出を拒むようになる。
毎日階段の柵にぶら下がって高所恐怖症を克服するような危険な行動をするようになる。
⇩
母親が、時には脅しや命令口調を用いながらも、少女の症状が改善するよう行動させる。
しかし、父親が生きていた時の、厳しい口調で機嫌の悪い母親が少女の記憶として刻み込まれているため、少女は母親を恐れ嫌ったまま。
そして「牛乳を買う」というのは、少女の症状改善のために、母親が娘に課した1つの目標のようなもの。
これができたため、少女にとって「特別な日」になった。
とはいえ、「牛乳を自力で買う」という行為が少女の回復に大きな意味があるとしても、危険の多い夜に娘を一人で出かけさせる母親の対応が適切か、というと微妙なところです。
娘を思っての脅し文句も、母親への恐怖を加速させているようにも見えます。
もしかしたら母親は、少女が夫のような最期になるのを避ける対応をしてはいるものの、その対応に疲れ果てており、あわよくば娘がお使いの道中で危険に遭遇してくれればそれでいい……と「解放」を望んでいるのかもしれません。
3.”O”とは何か
少女はOの文字を怖がっていて、何を言われても余計なことを考えない、聞かないフリをしている。
そして、Oのイメージをプレイヤーに共有してきました。
まず、Oという何かの文字が少女によって変換されていることになります。
そして、「何ですか?」と言っても、少女が店の中にいた人は「O」としか返さない。
少女が「O?」というと、その人は「O!」といって逃げてしまう。
そもそも、Oは単一の言葉を指すのか、それとも少女にとってのパニックの起点に過ぎないのか。
Oが同一の言葉であり、少女が本当に「何ですか?」と返し続けていたならば、Oは「なに?」のような簡単な返答、または「え?」「はい?」などの相槌になるのではないかと考えられます。
しかし、話しかけた相手がずっと同じ言葉を返すのは不自然にも感じます。
少女は、店内にいた人に話しかけ、最初に返された言葉に”O”というイメージをリンクさせており、それを想像してパニックに陥ったため、その後の会話も全てOと置き換えて認識している可能性もあります。
Oが「何かの文字のイメージ」ならば、それは虚ろな目なのではないでしょうか。
おそらくは、両親が向けてきた目。
そして、その目に関連付けられた言葉は「何?」なのではないでしょうか。
「何?」という言葉は、ニュアンスを変えれば、簡単に圧力をかける言葉に変わると思います。。
過去に両親がその言葉を使っていたなら、少女がその時の「虚ろな目」のイメージと「何?」という高圧的な言葉を結び付け、Oとして認識してしまうと考えられます。
考察をまとめると、以下の通りです。
”O”は少女にとって、恐怖の象徴。
向けられた「虚ろな目」のイメージと「何?」のような圧力をかけるような返事を受けてパニックになり、その後の会話にOというフィルターがかかってしまった。
まとめ
『Milk inside a bag of milk inside a bag of milk』についての考察をまとめると……
主人公の少女は精神病を患っていた。
過度な神経質であったり、情報の処理が苦手。
牛乳アレルギーも持っていた。
⇩
両親が娘の教育に疲れはじめ、「あんた、どうしようもないね」など少女を傷つける言動をしたり、虚ろな目を向けるようになった。
また、少女をめぐって揉めるようになる。
それにより、少女が自身を追い込むようになる。
虚ろな目を”O”として認識し、怖がるようになる。
少女の症状が悪化。
この繰り返しで、家族関係が次第に悪化していく。
⇩
父親が自殺。
少女がこれを目の当たりにし、「最後の記憶」として刷り込まれる。
視界が赤色になる。
自分の症状改善を半ば諦め始める。
⇩
母親が少女に脅しや命令をしながらも、少女の症状改善をはかる。
その一環として、牛乳を買わせた。
少女がそれを成し遂げたため、「特別な日」となった。
おわりに
感想でも述べましたが、このゲームのプレイヤーとしての選択肢は、あくまで少女から「病気」「症状」ということから目を背けるような選択肢を避けなければ、クリアまで進めない。
プレイヤーは彼女の状態をどうすることもできない。
また、情報も少ない上に、それらが少女視点からのものなので、どこまでが現実なのかの線引きが難しいです。
そのため、今回はあくまでも「少女がイマジナリーフレンドである私達に語ったことは本当である」ことを前提に、ゲームの情景や台詞を深掘りし、考察を進めていきました。
本作の続編である『Milk outside a bag of milk outside a bag of milk』についても、後日感想と考察を上げる予定ですので、そちらも見ていただけると嬉しいです。
この考察はあくまでも一個人の解釈に過ぎません。
不完全な部分はあると思います。
気になる点等ありましたら、コメントしていただければ、答えられる範囲でお答えします。
最後まで記事を読んでくださった皆さん、ありがとうございます。
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投稿:2024.2.1
最終更新:2026.5.5(表現の見直し)


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