【自分軸で考える】おとしもの|チャレがや企画 参加作品
もしも、目の前を歩いている人が、ハンカチを落としたら。
あなたは、拾ってあげますか?
拾うにしろ、拾わないにしろ、いろいろな理由があるでしょう。
落とした人が困るだろうから。
気付いたのに無視をするのは気持ち悪いから。
自分が落とした時も誰かに拾ってもらいたいから。
面倒くさいから。
自分以外の誰かが拾うだろうから。
自分が拾って嫌な顔されたら悲しいから。
正解なんてありません。それぞれの思う通りに行動すればいい。
拾わないといけない義務も、拾ってはいけない縛りもない。
拾う日もあれば、無視をする日もあっていい。
ただ、拾うか否かを迷う時間はもったいない。
そこで私は、ある一つの考えを大事にしようと決めました。
自分軸と、他人軸。
おそらく聞いたことくらいはあるかもしれません。
自分を軸に考えるか、他人を軸に考えるか。
ちなみに「自分軸」と「自己中心」は違います。
自己中心は、自己を中心に他人を動かすこと。
自分軸は、自分を軸に自分が動くことです。
話を戻します。
落としたハンカチを拾ってあげるのか、見なかったことにするのか。
判断を迷うのは大体が他人軸で考えているせいです。
拾ったとき、相手はどう思うだろうか。
感謝してくれるだろうか。
嫌な顔をされないだろうか。
それを軸にしてしまうと、結果は相手次第です。
一方で、自分軸で考えれば、すべては自分次第です。
拾いたいか、拾いたくないか。
拾う自分でいたいか、拾わない自分でいたいか。
拾う自分が好きか、嫌いか。
そう考えると、相手がどう思うかはあまり関係ないですよね。
仮に嫌な顔をされたとしても、そんなことはどうでもいいわけです。
拾う自分が好きなら、拾う。
拾わない自分が好きなら、拾わない。
結局大事なのは、ありたい自分でいられることです。
拾う自分を選んだなら、もしも感謝されなくっても、何も気にすることはありません。
拾わない自分を選んだなら、もしもその人が後で困っても、自分を責める必要はありません。
自分軸で考えて行動するのが、一番楽なんです。
私はそれに気付きました。
だからね、刑事さん。
私に「被害者がどう思うかを考えろ」なんて言われても、なんとも困るわけですよ。
その人がどう思ったか、じゃないんです。
私がどうしたかったか、なんですよ。
コッシーさんのこちらの企画を拝見して書いてみました。
