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どうにもとまらない|アマノ文筆クラブ 参加作品

ソファに座って映画に見入る、則夫と由美。
画面には、黒背景に「GOOD BOY」の白文字が浮かび、そのままエンドクレジットが流れる。
一息ついて、則夫が口を開く。


「思ったよりも面白かったね。この『犬人間』って映画」
「うん、見てよかったあ」
「あそこよかったよね、犬人間が初めて喋るところでさ……」


それぞれが気に入ったシーンを挙げながら、楽しげに感想を言い合う。
しばらくして由美がふと時計を見る。23時を回っていた。


「うわ、やっちゃった。終電もう間に合わないや」
「ああっ、そっか!ごめんね、気付かなくって」
「ううん、私が悪いから。あーあ、タクシーで帰らなきゃ」


スマホを取り出してタクシー配車アプリを開く由美。
その様子を横目で伺う則夫。


「あー……泊まってく?」
「ううん、泊らない」
「おっ」


由美のあまりの切り返しの早さに一瞬何が起こったかわからなかった則夫だったが、なんとか体勢を立て直そうと試みる。


「あー……まあ部屋着とかアレだったら全然」
「明日仕事だから帰る」
「おっ」


取り付く島のなさにしばし自身の太ももをぺちぺちと叩く則夫。
その間にも由美のタクシー配車の手筈は着々と進んでいく。


則夫は音を立てないように薄く深呼吸をしてから、徐にテーブルのハイボール缶を手に取り、一気に飲み下す。
今度はわかりやすく大きく一呼吸したあと、スマホを握る由美の手を掴む。


「由美ちゃん!」
「えっ、則夫くん!?」


則夫はそのまま由美をソファに押し倒し覆い被さる。


「由美ちゃん、俺もう、とめられないよ!」
「ちょ、ちょっと……やめて!!」


6畳半の部屋に反響するほどの大声に、則夫の動きは止まる。
由美は則夫の体を押し返し、ソファから立ち上がる。


「あの……由美ちゃん、ほんと……ごめん」
「ううん」
「その……俺達付き合ってもう半年じゃん。でも一回もお泊りとか、そういうのなくて、それで俺、つい……」
「うん……わかってるよ」


由美の優しい声色に、はっと顔を上げる則夫。


「則夫くんの気持ち、わかってる」
「……ありがとう……本当に俺、変なことするつもりはなくて」
「あ、じゃなくて」
「え?」
「思いっきりそういうことするつもりだったの、わかってるよ」
「あー……え?」


予想外の言葉に混乱する則夫。由美は続ける。


「私に泊ってほしくて遅い時間帯なのに映画見ようって言い始めたのもわかってる。だから私の終電の時間も知ってて、ちゃんと時計チェックしてたのもわかってる」
「……」
「どうしようもなくなって、お酒の勢いでやっちゃったってことにしようとして突然飲んだのもわかってる。だから実際はあんまり酔ってないし、とめられないほど自制心はなくなってないどころか、むしろちゃんと計算できてるのも、全部わかってるよ」
「……」


その後も由美は、LINEのやりとりの端々、常日頃の言動など、則夫の下心が透けるポイントを列挙し続け、1時間が経過した。
由美は、ふうと一息つくと、真っ白になった則夫に言う。


「じゃあそろそろ、私帰るね」
「……あの、ゆ、由美ちゃん、俺」
「大丈夫。嫌いになってないよ」
「あ……ありがとう」


帰り支度を終えた由美は、則夫の顔を見て微笑んで言った。


「GOOD BOY」





帰りのタクシーの中で、由美はため息をつく。

またあんな風に説き伏せてしまった。昔からの癖で、つい相手の考えなどを詳らかに言い当ててしまう。言われている間の顔を見ると、どうしても言葉が止まらなくなってしまう。特に則夫くんはとても分かりやすく、本人はそれに自覚がないので、いくらでも言えてしまう。

彼には下心はあるが、悪意や害意があるわけじゃない。だから、言い過ぎると、さすがにかわいそうになってくる。だけど――




一方、則夫は部屋で一人、由美の言葉を思い返す。

あんなに優しい声色で、あんなに冷静に自分の欲求を晒し上げられて、悔しさや恥ずかしさ、情けなさや申し訳なさで、本当に消えてしまいたくなる。由美ちゃんのそばにいるのが自分なんかでいいのかと、いっそのこと嫌ってくれた方が楽なんじゃないかと。

たしかに、全部彼女の言う通りだ。一つも否定のしようがない。でも、いくら俺だってあんな追い詰められ方したら――




二人は同時に呟いた。



そこが、やめられないんだよなあ。


甘野充さんのこちらの記事を拝見して書いてみました。








犬人間、どれくらいの人に伝わるんだろう。

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