モロッコ① TANGER タンジェ タンジール 音楽とか文学とか、いろいろ。
モロッコロッケモロッコ タンジェ
モロッコが好きで、かつてはよく行っていました。いまは行けてません。また行きたいです。わたしが行っていたのは、皆様が想像するような、可愛い素敵な雑貨、美味しいタジン料理やクスクス、砂漠、ラクダ、色鮮やかな街、とかのモロッコではなく、すれっからしで、戦後のどさくさ時期の上野(実際は知らないけれど)みたいな、不思議な魅力のあるタンジェという町で、そこに何度も足を運んでいたのです。。
「トリッパー」(朝日新聞出版)
今月号(2026.3月17日発売)の文芸誌『トリッパー』に、モロッコの思い出を書いて、掲載させてもらってます。ジャジューカという村を訪れるまでのことです。どうぞ読んでみてください。

そんなこんなで、モロッコのことを書いていたら、いろいろ思い出したので、今回は、タンジールに初めてに行ったときのことを記します。
TANGER
ジブラルタル海峡を挟んで、向こうにスペインを望めるアフリカ大陸側の町、TANGER、タンジール、タンジェ、タンジャ、いろいろな呼び名があります。(わたしも色んな風に記しますが気にしないでください)
TANGERは、かつて、国際管理地域で、インターゾーンとも呼ばれ、いろいろな国の管理下に置かれていました。ですから、街には、各国のスパイが跋扈していたそうです。さらにインターゾーンは、いろいろ曖昧だったのか、無法な感じにもなっていたようで、あやしい奴も多く集まってきていたそうです。その名残りがあるのか、タンジェは、いたるところで、あやしい香りが漂っていました。

タンジェとバロウズ
ウィリアム・S・バロウズの本『裸のランチ』に登場する、「インターゾーン」という町は、タンジェをモデルにしていています。そこは、退廃的でヤバい感じのあやしい町です。このように、バロウズがモデルにするくらいだから、ヤバさは、お墨付きです。
バロウズ自身もタンジェに滞在して、脳味噌をすっ飛ばしながら『裸のランチ』を書いていたそうです。
わたし、タンジェにいたとき、ぷらぷらしてたら、バロウズが常宿にしていたホテルを発見しました。中を覗いたら真っ暗でした。



ヤバい 混沌 喧騒。 タンジェに行く前は、とにかくヤバい町だと聞いていました。そして、行ってみたら実際にそうだった。
タンジェに行く前、日本の酒場で飲んでいたら、子供のころ父親の仕事の関係でドイツに住んでいて、休みの日に、父親とタンジェに行ったことがあるという男の人と会いました。そのとき、タンジェの思い出話を聞かせてもらいました。
彼は、父親と手を繋いで、タンジェの市場を歩いていたのだけれど、気づいたら、父ではない知らないおっさんと手を繋いで歩いたそうでうす。すると、父親が血相を変えてやってきて、おっさんは手を離していなくなりました。握っていた手が、いつ、すり替わったのかわからず、まるで、魔法みたいだった話していました。そして「とにかく、恐いところでした」と。
実際に行ってみて、わたしは、確かに、そのようなことが起こりそうな町だとも思いました。魔法とか使ってきそうな人がいそうなのです。

タンジェ住んでいたアメリカ人作家、ポール・ボウルズは、モロッコを舞台にした『シェルタリングスカイ』を書きました。その、ボウルズの妻である、ジェイン・ボウルズは、タンジェで、変な魔術にハマっていったらしいです。
タンジェ、モロッコに行く前に、旅の期待を、ものすごく高めてくれた本があります。それが、四方田犬彦さんの『モロッコ流謫』です。この本に書いてあることを頭に叩き込んで、タンジェの町を巡ると、そうとう面白いことになります。読んで行くのと、読まないで行くの、まったく違うものになります。もし、タンジェに行こうと思っている方がいたら、ぜひ読んでから行くことをお勧めします。

さてさて、タンジール
はじめてタンジールに行ったのは、2009年でした。それにしても、時が経つのが早すぎます。そして、己が、単に、過去を回想するおっさんに成り果てています。寂しい。でも続けます。
その後も、タンジェは、何度か行くことになりますが、ものすごい勢いで街が整理され、行くたびに様相が変わっていきました。
旧市街の方はそのままのところもありますが、新市街は、高層ビルなんかも建って、アメリカ資本のホテルも建っちゃっています。
恐い、ヤバい、ばかりでなく、ヘンテコ、面白い
ヤバい、恐い、ばかりではなく、ヤバいからこそ、面白いといというところも、タンジェには、たくさんあって、悪所に漂う花の香りみたいなものが、魅力でもあります。
ホテル・マルコ・ポーロ近辺のあやしい人々
タンジェに最初に行ったときは、海沿いにある、ホテル・マルコ・ポーロって宿に泊まりました。いわゆる安宿です。当時、ネットでバシバシと宿の予約を取ることができなかったので、ガイドブックで探しました。その後もタンジェに行ったけれど、ホテル・マルコ・ポーロは、二度と泊まりませんでした。なぜなら、もっと快適で、過ごしやく、環境の良い宿がたくさんあったからです。
しかし、ホテル・マルコ・ポーロに泊まったことによって、初っ端からタンジェの変で怪しい部分を、たくさん見ることができました。
マルコポーロなんて、浪漫のある素敵なお名前のホテルですが、泊まった初日から、なんかヤバいなぁ〜 どこか様子がおかしいぞ、きな臭いな、と思っていました。
壁の穴に石を突っ込んでる人。
部屋の窓から見える裏路地の坂には、いつも痩せた男が立っていて、そいつのところに、誰かやってきて、少し言葉を交わすと、痩せた男は、道沿いの壁に手を伸ばし、壁の穴に突っ込んでいた石を外し、中からなにかを取り出して、それを渡し、金を受けっといました。
朝、外に出てたら、裏路地の坂には、誰もいなかったので、壁の穴に突っ込んでる石をどかし、中をのぞいてみたら、小分けにしたビニール袋が入っていました。「これはヤバい」と思い、すぐに石を戻しました。
男は、たぶん麻薬の売人です。ブツを壁の穴に隠していたんです。でも、その取引が、わたしの部屋から丸見えだったのです。
そんなこんなで、この売人男と、その後、なんども顔を合わせることになります。つうか、部屋の窓から顔を出すと、いつもそいつが居て、ホテル出ても、そいつと顔を合わせるので、しまいには、挨拶するようになっていました。
ウィンクしてくる女性は、ベルベル人で……。
ホテルの入口に脇には、レストラン・バーと称されている、海の見える飲み屋があって、夜になると、数人の女の人が集まってきていました。最初、女性に人気のオシャレな店なのかな? なんて思っていたのですが、どうも様子が違います。
ある日、わたしも、そのバーの粗末なテラス席で、ビールを飲んでいました。そしたら、店の中に居た女の子がテラスに出てきて、柵に前屈みで寄りかかり、海を眺めはじめました。お尻を、こちらにプリっと突き出し、わたしの目線に入ってきます。しばらくすると彼女は、こちらを振り返り、わたしを見て、微笑み、ウインクしてきました。
「えっ?」、突然の出来事で、わたしは硬直し、笑顔を返すこともできませんでした。もしかしたら、テラス席に、他にも人が居るかと見回しましたが、わたししか居ませんでした。
結局、わたしは、彼女を無視したみたいになってしまいました。でも、これまでの人生で、女性にウィンクなんてされたことなんってなかったから、どうしたらいいのかわからなかったのです。
わたしの反応が悪かったので、彼女はふてくされたように、また、海を眺めはじめました。
「これは、まずい、なんてことをしてしまったんだ!」、わたしは焦りました。この状況を立て直さなくてはいけません。
「いかんいかん」と思い、ふたたび、彼女がふり向くチャンスをうかがっていました。
その、瞬間を待ち構え、いよいよ、彼女がふりかえった。正確には、店の中に戻ろうとしていたのですが、そのとき、目があったので、わたしは大きく微笑み、先ほどの失態を取り戻すかのように、右手を挙げ、「おい、こっちにこいよ!」みたいなゼスチャーをしていました。
もちろん、これまでの人生で、見ず知らずの女性に、「おい、こっちにこいよ!」なんてゼスチャーは、やったことありません。ですが、先ほどの失態を取り戻すかのように、笑顔だけでは足りないと、大胆なことをやってしまったのです。
そしたら、彼女がニコニコしなら、ひょこひょここっちに来てくれたので、「なにか飲みなよ」、みたいなことを言って、一緒に、飲みはじめました。
彼女は、キャスケット帽を被っていました。肌の色が薄茶色で、ホリが深く、キリッとした大きな目で、やたら意志の強そうな、顔をしていました。格好は、タイトなジーンズに、白ブラウス、オシャレなんだかオシャレじゃないのかよくわからない格好でした。
さらにわたしは、「一緒に飲もうぜ、おごるよ」、なんて格好つけたものの、英語も通じないし、アラビア語もわからない、言葉はまったく通じません。だけど、なんか、ゼスチャーを必死にやっていたら、なんだか通じているような気がしてきて、向こうもそう思ったのか、しまいには、一緒にゲラゲラ笑ってました。
彼女は、ベルベル人で、ハファという女性でした。その後も、ふたりで飲み続け、わたしは、たいそう酔っ払い、彼女も酔っ払い、なんたることか、彼女は、わたしの膝に乗ってきたりして、イチャイチャ騒ぎになっていました。こんな急展開でいいのだろうか? わたしは一抹の不安を感じながら、店の中になだれ込み、今度は、歌をうたい合ったりしていました。すると、カウンターで飲んでいた、体の大きい格闘家みたいな、オランダ人のトラック運転手がいて、「おまえ、楽しそうだな、おれの国のビール飲め」と、ビール(ハイネケン)を奢ってくれました。彼は、アフリカ大陸から、ヨーロッパへ、トラックで荷物を輸送しているのだと話していました。タンジェは、アフリカ大陸とヨーロッパ大陸をつなく、フェリーが出ているので、その起点となるのでした。
その後、日本人の旅慣れた風な、髭の旅行者が店に入ってきましたたぶん、日本語が聞こえてきて、(カラオケあって、わたし日本語で歌をうたっていた。なに歌ったか忘れてしまったが、島唄だったような気もする)、なにごとかと思ったのでしょう。そして、こっちをジロリと見ました。わたしは、ベロベロに酔っていて、ハファと肩を組んで、デロリン状態だったが、一応、会釈をしました。すると、なんだかな顔をして、去っていきました。
たぶん、「なんだこいつ」「日本の恥じゃねえか!」みたいに思われたのでしょう。
その後も、わたしは、ハファと、歌ったり、抱き合ったり、踊ったりしてて、彼女は、「これを思い出にして!」と、自分の首にしていたネックレス引きちぎって、渡してくれました。引きちぎって渡すという発想が、ものすごく、大胆で素敵だと思いました。
で、結果申すと、彼女は娼婦だったんです。
だいぶ長いこと飲んでいて、たぶん三時間以上飲んで、わたしはベロベロになって、「飲み疲れた。ハファありがとう、おれはホテルに戻るよ」と店を出て行こうとしたんです。すると、カウンターにいたおばさんが、わたしを呼び止めました。この人も、毎度店に居る常連だと思っていたら、「どうすんの、あんた、彼女を連れてくの?」と訊いてきました。おばさん、常連なんかではなく、俗に言う、やりてババアだったんです。
「え?」
わたし、それまで、ハファが娼婦だと気づかず、バーの常連のもりあげ隊の女性くらいに思っていたんです。しかし、ここまで盛りあがっといて、彼女が娼婦だと気づかなかった自分もなんなんですが、「いやあ、でも、明日乗るバスが、朝4時で、早いですから」、みたいなこと言って、断りました。そしたら、ハファが、向こうで形相を変え「ふざけんなよ、この野郎!」って感じで怒っているんです。わたしは、「いやいや、でも〜」なんておよび腰で「ごめん、ごめん」と言いながら、どうしたらいいかわからず、ひっそり店を出て行こうとしました。そしたら、ハファがやってきて、出口のところで、尻を蹴り飛ばしてきました。しっかり軸の効いた、強烈なまわし蹴り、ものすごいすごい力でした。あとで、尻を見たらアザできました。
ハファは、ベルベル人だから、先祖は、こつこつと砂漠を歩いてきていたので、とんでもなく足腰が強いのかもしれません。
それにしても、わたし、どうすればよかったのでしょう?
そもそも「こっち来いよ!」なんて格好つけたのがいけなかったのかもしれません。それから、なにも知らず、一緒に盛りあがったのがいけなかったのでしょう。ハファとしたら、こんだけ、盛りあげたらなら、「責任取れよ」って感じだったのでしょう。なんだか、すまないことをしてしまいました。

その後、タンジェを訪れ、どうなっているかと覗きに行ったら、改装して閉まっていました。
でも、また営業しているそうです。あのレストランはどうなったか分かりません。
アルコールは本来、駄目。
モロッコは、イスラムの国なので、基本、お酒は禁止です。でも、町では、飲む場所は結構あって、そういう場所には、大概、店の奥の方に、派手な女性が座っています。この方達は娼婦です。これは、マルコポーロでの経験で知りました。でも、町の飲み屋にいるのは、だいたい、陰気で、ヤバそうな感じの人が多いのですが、マルコポーロにいた女性は、みな、明るくて、若くて、楽しそうな女性たちでした。だから余計、娼婦だとは気付きにくかったのかもしれません。しかし、本来、お酒を飲んではいけない国で、お酒飲める場に居るということが、そもそもヤバいのでした。
実際に、モロッコの酒場は怪しくヤバい感じのところが多いです。大概、赤とか紫とか緑の、派手な縄のれんみたいなものが入り口にあって、昼でも真っ暗な店内からは、大きな音楽が聞こえてきています。
マラケシュには「バビロン」って名前の酒場があって、ここで、わたしは、顔中傷だらけの用心棒が見まもる中、マフィアのボスみたいな爺さんと、チークダンスを踊ったことがあります。その顔中傷だらけが、わたしのところにやってきて、「ボスが、お前と踊りたいと言ってる」と伝えてきたので、断ることもできず、ボスと手を取り合って、チークダンスをいたしました。
10分おきに現れる歯のない男
町を歩いていたら、話しかけてくる奴がいて、「おれ、歯がないから、歯いれたいんだ、だから、お金ちょうだいよ〜!」と懇願してくる男がいました。最初、断ったけれど、その後も、10分置きくらい、絶妙な時間差で、ひょっこり現れて、「おれ、歯が、歯いれたいよ〜、だから、お金ちょうだいよ〜!」と泣き出します。そんなことが4回くらい続き、「じゃあ、歯を入れてください」と500円くらい渡したんだけど、しばらくしたら、またやってきて「もっと、歯入れたいよ〜」と泣き出します。結局、3時間くらいつきまとわれて、とうとう、ホテルの前までやってきてしまった。しかし、泊まってるホテルがバレたら、今度は、ホテルの前にずっといそうなので、せっかく戻ったのに、タクシーに乗って、また町中に戻りました。

タクシーのボンネットが爆発、煙も出てきて、停止
タクシーに乗って、タンジェの中心部、フランス広場に向かっていたら、坂道で、「ボン」と爆発音がして、車体がガタガタ揺れ、車がとまりました。さらに、ボンネットから煙がたちのぼりはじめ、「こんな漫画みたいな車のとまり方あるのか?」と思い、もう、笑うしかありません。そしたら、道を歩いていた人が窓をどんどん叩いて、「早く、車から出てこい、爆発するかもしれないぞ!」と言うので、外に出ました。
運転手は、車が壊れて落胆し、道端に座り込んでしまった。わたしも隣に座ってみたが、「金はもういらない」というので、その場を後にしました。
客引き同士が殴り合い
「行くホテルは決まってるから!」と言ってるのに、わたしに、ホテルを紹介しようとする男がいて、あとから、もうひとり男がやってきて、「おれがこいつを連れてく」「おれだおれだ」と言いあいになり、しまいには殴り合いにまで、発展してしまいました。そこで、わたしと見知らぬ人が仲裁にはいり、喧嘩が止むと、タクシーがスーッと止まり「危ないから乗ってけ」と言うので、乗り込んだら、「おれがホテルを紹介する」とのことでした。
まいったまいった。でも、本当の目的があったのです。
このように、変なことばかり起こっていたタンジェ滞在でございます。
しかし、わたしは、娼婦と飲んで騒いで尻を蹴られたり、歯抜けの男に追いかけ回されたりするため、タンジェに来たわけではありません。実は、しっかりした目的もあったのです。というか、絶対に行きたいと思っていた所がありました。
そこは、夜な夜な、楽器のできる地元の漁師やおっさんが集まってきて、持ち寄った楽器や壁にぶら下がった楽器を手にして、音楽を奏でいるとのことでした。そして、来たものには、ミントティーがふるまわれる。
ホテル、マルコ・ポーロの人に、この店の場所を訊いても、「そんなところ知らねえよ」といった感じでした。
それからも、いろいろ調べたら、カスバという城壁の中にあるというのがわかり。海からは遠かったけど、ある晩、そこに向かいました。そんでもって、とうとう見つけることができたのです。下の写真がそこです。


そんなこんなで、ここまでの記述、ちょいと長くなりました。
つうことで、ちょうど時間となりましったって、ことで、
この続きは、また記述つかまつるので、読みにいらしてください。
いぬいあきと
=そうだ! 補足だ!=
実は、そんな、わたしのモロッコ漫遊から、「ゼンマイ」という小説がうまれています。自分で言うのもなんですが、相当、面白いと思います。だけれども……あまり売れず、なんだか、どうにもならなかったけれど、ここからまた、ぶり返して、ぜひみなさま、手に取って! 読んで欲しい。(この本のことは、詳しくはまた書きたいと思います)
よろしくどうぞ、読んでみてくださいませ!
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チップを、いただけましたら、新しい紙のノートを買い、新たに間抜けな思考を記しつつ、間抜けさを強化していきたいと思います。他には、ガムを買わさせていただきます。
ありがとうございます。