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理科室の嘲笑と母の絶望。あの日、私たちが『居場所』を見つけるまで

あの日、理科室で絶望した私たちが、どうやって自分たちを取り戻したのか。その軌跡を綴ります。同じように暗闇の中にいる誰かの光になれば幸いです。

自由参観の理科室。
実験が始まり、生徒たちが一斉に席を立ちました。

「あの子たちが、意地悪をしている子だよ」

事前にそう教えてくれたのは、娘の様子を心配してくれていたクラスメイトでした。

その言葉通り、二人の女子生徒が娘を執拗に見てはヒソヒソと話し、実験に驚く娘を見ては大笑いしていました。
私が親だとは気づかぬまま向けられた、剥き出しの悪意。


その事実を、懇談で担任に訴えました。
けれど、返ってきたのは、驚くほど冷ややかな言葉でした。

「お母さん、あなたは何を言ってたか聞いたんですか?」


いじめているのは「お勉強ができる子」たち。

親が目の前で目撃した悪意すら、正確な「言葉の証拠」がなければ存在しないことにされるのか。

あの理科室での光景は、娘が受けていた苦痛のほんの一部に過ぎませんでした。


教師に突き放され、私は暗闇の中に放り出されたような絶望を感じました。


スクールカウンセラーに通っても、話は聞いてくれるけれど、それ以上の解決策は見つからない。もうどうしたらいいかわからなくなっていた時、紹介されたのが市の教育相談室でした。

「他に話を聞いてもらえるところがあるなら」

期待と不安が入り混じった、すがるような思いでかけた一本の電話。そこで先生が話を聴いてくれたとき、初めて「ここなら、希望が持てるかもしれない」と思えたんです。

予約して足を運んだあの日。「ちゃんと私の言葉を聞いてくれるこの先生なら、きっと……」

それは願望に近い、祈るような思いでした。先生は、学校の対応に打ちのめされていた私の話を、ただ、しっかりと聴いてくれました。

一筋の光が見えたように思えた瞬間でした。

対話を重ね、やがて娘には「学校以外の居場所」ができました。
仕事をしながら、昼間は娘の居場所を支えるために走り回る日々。
あの場所は、自分たちを取り戻すための大切な時間でした。

こうした数々の経験を経て、私は今、2年後の完成に向けて準備を進めています。

あの時、相談室の先生が私に希望をくれたように。
今度は私が、絵を手掛ける次女と共に、誰かの心がふっと軽くなるような、そんな「ひととき」を届けたい。

その言葉が、暗闇を歩く誰かにとっての、小さな光になることを願って。

▼ 白うさぎが残した「はじまりの物語」はこちら


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