まちがえた

しねばいいと思った。
そんなニュアンスの言葉たちを呪文のように毎日唱え続けていた。
その言葉が誰宛かなんてわからなかった。
でも口にしないと、心がどうにかなってしまいそうだった。
誰かに届いてしまえば深い傷を負わせるに違いない「しねばいい」「なんで生きてるんだ」「役立たずのくせに」「社会のごみ」そんな言葉の羅列を吐いて、吐いて、吐き続けて。
それを知ってか知らずか、誰かから優しい態度や言葉を投げかけられる度に、自分が酷く醜いものみたいに思えて、劣等感は益々増していくばかり。
ずっと嫌いなのは自分自身で。
早くしんでしまえと願っているのも本当はずっと自分自身。
役立たずもごみも、生まれてこなければ良かったのにと恨む気持ちも、全部矛先は自分自身だった。
それをまるで他人に言うみたいにして誤魔化して、自分は普通の人間で、悪いのは周りの誰かだと言い聞かせながら、自分の心を守っていた。
間違えたのはきっと全部、わたしのせいなのに。

それを認めるから、だからどうか、わたしがこうして自身の命を終わらせる選択をすることも、許してはくれないだろうか。



初夏のにおい。夜のにおい。紺色。星。月。電柱。ほどけかけてる靴紐。笑う膝。冷たい指先。風。

そして。



………………。

『本当に全部わたしのせい?』
『ひとつも周りの要因はなかった?』
『それともこうなるのは仕方がなかったのかな』


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