生きてる意味。
自分は生きてる意味がわからない。
わかってる人なんかいないかもしれない、とも
思うけど。
そもそも意味なんてないのかもしれないし
意味があることを知らないだけかも。
9歳の少女だった自分は今に至るまで
そんな考えでなぜ生きてるんだろうという
問いの答えを求めてまだ生きている。
10歳の時、仲良くしてた友達が
慢性白血病で亡くなった。
その前後に父母の祖父の死もショックではあったけど、同級生の友達の死はなかなかに
受け入れられなかった。
鬱になり学校に行けなくなった。
(2度目の不登校)
半年後、再び復学して学校に通ったけれど
常に自分は遅れを取っているという
劣等感が付き纏った。
だから常に頑張るようになった。
周りに追いつかなければいけない。
遅れを取り戻さなければと。
だけど、どれだけ頑張っても
遅れを取り戻すことは出来なかった。
頑張れば頑張るほど息切れして
動けなくなる。
休養して元気になってくると
また再び頑張り出す。
そんな生き方を身につけて生きてきた。
夫が今は働いてくれて
自分は家事を担うことで生きる糧を得る。
生きてて良いと少しだけ思える。
それと同時に裏を返せば
家事も出来なくなればまた生きてる価値もない
自分に戻ってしまうと言うことだと思うと
なぜ生きてるんだろう
という問いがまた始まる。
『俺たちのために生きてよ』
夫は時々言う。
言われると胸がキュッと痛む。
そうなんだ。
生きてる意味を見出せるのも
家族がいてくれるから。
ただ、そんな家族もいついなくなるかわからない。
結局は一人だ。
子供達はいつかは巣立っていく。
親となんか一緒に暮らさないだろう。
パパのことを嫌っているし
母である自分のこともよく思っていない
のではないかと自分では思ってる。
巣立ったらもう帰ってこなくなるんだろうな
という思いがある。
娘とも息子とも
深い繋がりがあるとは思えなくなってきてる。
自分は子供達がいたから
必死に子供達を生かさなきゃと生きてきたけど
大きくなってくると
自分の出番はほとんどなくなる。
今は、夫がいる。
子供達が巣立っても。
その夫も自分より長生きすることは
ないだろうと思うと
いつかは一人になるんだ、と思う。
自分は自分のためだけには生きられない。
何か夢中になることを
やってごまかしながら生きるのか。
思春期の頃、将来のことを考えても
未来が見えなかった。
人間関係でつまづいて
高校を中退した。
教育もろくに受けず
社会で揉まれても続けられず離脱するわで
よく生き延びてきたとは思うけど
なぜ生きてるのかわからない。
生きていたくないとは思わない。
消えたいとは思わなくなってきてる。
ただ、生きていて空っぽの自分がいる。
空っぽじゃないな、抜け殻みたいな。
頑張って空回りしてばかりの自分に
疲れてしまった。
それなりに出来てるところもある。
それなりに経験してきたこともある。
ただ何をしても途中で続けられなくなる。
気分の波でどうしても
毎日のことが当たり前に出来なくなる。
だったら休み休みでもいいから
やめなければ続けたことになる。
休んでもいいから
やめることはしなければいいのか。
生きることも、そうか。
自然の寿命に任せて
命が尽きるまで
生きること。
夫や子供達、周りの人達のため
でもいいし
何かのためでもいいし
理由はなんであれ
休むことはあってもやめないこと。
が大切なのかもしれない。
こんなことを書きながら
2週間後の月曜日の夕飯の手巻き寿司の時に
使うための海苔を買いに来た。
しっかり未来の準備をしている。
3週間先の夜ごはんの献立まで決めている。
ちゃっかり生きるのが当たり前みたいに。
あと何回の家族のための食事を
作るのか想像もつかないけど
皆んなが生きてるのが当たり前ではない。
日々、生活していて
何が起きるかわからないし
生きてること
朝目覚めて眠ること
当たり前ではなく奇跡だと思う。
生きてることの幸運に感謝して
出来ることをやろうと思う。
頭の中の独り言。
今日のお弁当

お弁当の中身
・黒酢肉団子(娘はミートボール)
・手作りポテトサラダ
・オクラ
・ちくわの磯辺揚げ
・白滝とちくわとにんじんピーマンの炒め物
・ごま昆布ごはん
そこそこ
コツコツやろう。
そこそこ
出来ることをやろう。
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