解雇を有効にしたもの。──会社が積み重ねた日々の運用
「能力不足で解雇が認められた。」
そんな見出しを見ると、「能力が足りなければ解雇できる」という裁判例だと思うかもしれない。
しかし、令和7年11月6日の東京地裁判決(いわゆるアマゾンジャパン事件)を読んで、私が強く印象に残ったのは、そこではなかった。
判決を読み終えたあとも、私の頭に残っていたのは、「なぜ会社の解雇が認められたのか」ということだった。
読み返すうちに、私の目は、解雇という結論ではなく、その結論に至るまで会社がどのような運用を続けてきたのか、という一点に引き寄せられていった。
この事件は、高い年俸で責任あるポジションを担う即戦力として中途採用された社員が、期待された役割や職責を十分に果たせず、勤務成績などを理由に普通解雇された事案である。
社員は「解雇は無効だ」と裁判で争った。
しかし、東京地裁は、この普通解雇を有効と判断した。
判決では、会社が業績管理面談などを通じて繰り返し本人を指導していたことや、退職勧奨を行ったものの合意に至らなかったことなど、一連の経過が認定されている。
そして裁判所は、解雇には客観的に合理的な理由があり、社会通念上も相当であると判断した。
ここだけを見ると、「能力不足だから解雇できた裁判例」と受け取る人もいるだろう。
しかし、私は少し違う見方をした。
社労士として企業から相談を受けていると、
「問題社員をどうしたらいいでしょうか。」
という相談を受けることがある。
話を伺うと、
「何度も注意しました。」
「口頭では伝えています。」
「周りも困っています。」
という言葉は、本当によく耳にする。
しかし、その先が続かない。
いつ、どのような指導を行ったのか。
本人はそれをどう受け止めたのか。
改善のために、どのような機会を設けたのか。
そして、その結果、何が変わり、何が変わらなかったのか。
そこまで整理されている会社は、決して多くない。
その場で注意して終わる。
また問題が起きたら、その場で注意する。
忙しい日常の中では、それが現実なのかもしれない。
どれも、一つひとつは特別に難しいことではない。
しかし、それを継続し、記録として残していくことは決して簡単ではない。
この判決から私が読み取ったのは、裁判所が最後の解雇通知だけを見て判断したわけではない、ということである。
会社が問題を把握し、指導を重ね、改善を促し、それでも解決に至らなかったという経過。
さらに、解雇を避けるための働きかけも行っていたという事実。
そうした一連の運用を踏まえて、裁判所は普通解雇の有効性を判断している。
つまり、裁判所が見ていたのは「解雇」という一点ではなく、会社が日々どのような対応を積み重ねてきたのか、その過程だったと私は感じた。
だからこそ、この裁判例から会社が学ぶべきことは、「どうすれば解雇できるか」ではない。
問題が起きたら放置しないこと。
本人と向き合うこと。
必要な指導を行うこと。
改善の機会を設けること。
そして、その一つひとつを記録として残していくことだ。
就業規則を整備することは、とても大切である。
しかし、どれだけ立派な就業規則を作っても、それだけで会社を守ることはできない。
運用されなければ、就業規則はただの文章である。
一方で、日々の対話や指導、面談、改善の機会が積み重ねられ、それが記録として残されている会社では、就業規則は初めて現実のルールとして機能する。
私は、社労士の仕事は就業規則を作ることだけではないと思う。
本当に大切なのは、問題が起きてから対応することではない。
問題が大きくなる前から会社と一緒に考え、日々の運用を支えていくことである。
この裁判例は、「能力不足なら解雇できる」という話ではない。
会社を守るのは、最後に交付する解雇通知ではない。
日々の運用を積み重ね、その過程を記録として残し続けることだ。
