「EMDM」第3話
本編
〇大学(五月下旬)
午前中。構内。どこか不機嫌そうに歩く朱鳥。その隣に華奢な体型の男子学生、しつこい喋りでナンパする。
男子「ねぇねぇ、カラオケ行こうよぉ。オレ歌いたいのぉ、朱鳥ちゃんとぉ。勿論、オレの奢り。好きなだけ歌ってイイからさぁ」
朱鳥「ごめんなさい。興味無いんです。それに、今日は用事がありまして」
男子「もしかして、生け花の稽古ぉ? 朱鳥ちゃんてば美人サンだから、着物似合うよねぇ絶対。あっ! 今度さぁ、駅前で祭りあんのよぉ。屋台出たりさ。どう? ね? どう?」
朱鳥「お誘いありがとうございます。でも、行くなら他の人と一緒に」
男子「他って? …!」
ハッとする男子。
朱鳥達の視線の先、掲示板を眺める慎輔の姿。
慎輔に近付く朱鳥。その場に佇む男子。
朱鳥「慎輔さーん。人文学部も午前中は休講だよね。折角だから、民俗学の教授のお話、聞かせてくれない?」
慎輔「分かりました」
男子学生の方に向かって歩く二人(慎輔の左側に朱鳥)。慎輔とすれ違いざま、ボソリと呟く男子。
男子「変わってんな、そのオンナ」
+++
庭園。テーブル席。対角線上に座る二人。テーブルにノートや参考書、クッキーが入った箱、飲み物。
クッキーをつまみながらノートを読む朱鳥。
朱鳥を見つめる慎輔、クセが出ている。
朱鳥「へぇー、成程。うんうん、確かにそう思う」
離れたテーブル席に座る男子・女子学生のグループ。会話が慎輔の耳に入る。
女子「絶対ヤバいよね、あの女」
「分かるー。空気がモロねー」
「クスリ自慢したり、平気でウソ吐いたり」
「確かに!」
男子「やっぱガチか、男癖悪ぃってウワサ」
「ガキの頃からだろ? 毎日男変えて遊んでるって」
「ヤベェよなぁ」
慎輔「……」
慎輔の顔色が曇る。
慎輔の様子を伺う朱鳥。
*****
〇大学(翌日)
昼頃。庭園。テーブル席。対角線上に座る二人。テーブルにマドレーヌが入った箱。
嬉しそうに食べながら話す朱鳥。
暗い表情で、俯く慎輔。
朱鳥「美味しいなぁ、このマドレーヌ。朝食に合いそう、ベーコンエッグとコンソメスープ付けて。そうそう。今ね、推しの作家が都内で個展やってるの。慎輔さんにも見て欲しいなーって」
慎輔「朱鳥さん。今度から、別れて食べませんか?」
俯いたまま、ぼそりと呟く慎輔。
眉を顰める朱鳥、慎輔の様子を伺う。
朱鳥「どうして?」
慎輔「それは…、講義のレポート、やらなきゃいけなくて。その時間が、どうしても必要で。弁当食べながらじゃないと、間に合わないし、一人になって集中したいので…」
テーブルの下で手を擦ったり脚を小刻みに震わせる慎輔。ウソを吐いている態度。
察する朱鳥、寂し気に微笑む。
朱鳥「イイよ。慎輔さんがそう言うなら」
*****
〇大学(後日)
午前中。いつものベンチで待ち合わせ。朱鳥に紙袋を渡す慎輔。紙袋を手に、その場を離れる朱鳥。
昼頃。講義室。一番奥、窓際の席で一人弁当を食べる慎輔。弁当の中身は揚げドーナツ、おかずは温野菜のサラダと卵焼き。
ふと外を見る。庭園のテーブル席、一人でドーナツとコンビニの総菜(カツサンド・からあげチキン)を食べる朱鳥。カツサンドに挟まるキャベツの千切りを全て取り除き、一口サイズに千切って食べる。クセを付けて眺める慎輔。朱鳥に近付く男子学生、背が高く、清潔感のあるイケメン。一緒に昼食を摂る。
羨ましそうな慎輔。
慎輔「僕みたいなヤツと居るから、朱鳥さんが悪く言われる。痩せてて、オシャレで、カッコいい。ああ言う人なんだ、朱鳥さんと一緒に居るべきなのは…」
*****
〇大学(翌日)
食後。いつものベンチ。紙袋を返しに来た朱鳥、どこか不機嫌そう。
ベンチに座る慎輔、紙袋を受け取り、膝の上に乗せる。
朱鳥「ごちそうさま」
慎輔「マフィン、どうでした? バナナを潰して入れてみたんですが」
朱鳥「不味かった」
慎輔「!?」
驚く慎輔。
朱鳥「昨日のドーナツも、一昨日のパウンドケーキも。その前のイチゴのタルトも、前の前のアップルパイも、みーんな」
慎輔「すっ、すみません…。…分量間違えたのかな…、でも、僕は気にならなかった。もしかして、味覚が変になったとか…」
しどろもどろになる慎輔。
不機嫌そうな朱鳥、笑みを浮かべ、表情が明るくなる。
朱鳥「ウソ。美味しかったよ」
慎輔「えっ? なっ、何で、ウソを」
朱鳥「仕返し。慎輔さんもウソ吐いたから」
慎輔「!」
朱鳥「私の為だよね、別れて食べたいって」
慎輔「!」
朱鳥「ぽっちゃりで、子供っぽくて、カッコ悪い。そんな自分が傍に居たら、悪い事言われる。だから別れた方がイイ。でしょ?」
図星の慎輔。
慎輔「……、そうです。どうして分かったんですか?」
朱鳥「なんとなく、ね」
慎輔「…すみません、ウソ吐いて」
朱鳥「イイよ。私が慎輔さんだったら、きっと同じ事するし。私なら平気、他人(ひと)の言う事、全然興味無いから。また一緒に食べよ。好きな人とじゃないと、美味しいモノも不味く感じちゃうから」
慎輔「はい…。……、えっ? す、す、好き?」
朱鳥「うん。好き、慎輔さんの事」
紙袋を落とす慎輔。目を大きく見開く、口をあんぐりと開ける、全身が震える。明らかに動揺している。
慎輔「すっ…、すすす、す…、好き、好き…。なっ、なっ、何で、ぼぼぼぼ、僕みたいな、で、で、デブを…、すっ、好きって…」
朱鳥「慎輔さんって、講義サボっても平気?」
慎輔「えっ? は、は、は、はい。た、単位は、ほほほほとんど、取った、の、ので」
朱鳥「そっか。じゃあ、私のお話、聞いてくれる?」
〇都内・喫茶店(午後)
洋館風の建物。喫茶店兼画廊で、一、二階は喫茶店と展示のショップ。地下が画廊。
窓際の席に対面で座る慎輔と朱鳥。テーブルに画廊の入場券と注文品。朱鳥はアイスが乗ったベリー系のサイダー、慎輔はリンゴジュース(グラスの縁に切ったリンゴが飾られている)。
いつも通りの朱鳥。
緊張で固まる慎輔。面接さながら、背筋を伸ばし、膝の上に両手を乗せ、脚を閉じて座る。
朱鳥「一目惚れなんだ」
長スプーンでアイスを弄ぶ朱鳥。浮いたり沈んだりを繰り返すアイス。溶けたクリームが赤色のジュースと混ざり合う。
朱鳥「オープンキャンパスでね、慎輔さんを見掛けたの。その時、感じたんだ。運命の人に出会えたって。それでこの大学を選んだの」
〈過去〉制服姿の朱鳥、数人のグループで見て回る。庭園。ベンチで一人スイーツを食べる慎輔の姿。釘付けになる朱鳥。
朱鳥「私、デブ専なんだ。丸くて、プニプニして、柔らかそうな感じが、小さい頃から大好きで。大人になったら、ぽっちゃりな彼氏作ろうって。それと〈草食系〉。控えめで、ガツガツしてないタイプ。私は積極的にドンドン行っちゃう〈肉食系〉。同じタイプだと喧嘩しちゃいそうでしょ、だから全然違う方が相性イイかなぁって」
慎輔「…草食…」
動揺する中、微かに反応する慎輔。
朱鳥「慎輔さんは、どう? 私と一緒に居て、イヤな気分にならない?」
慎輔「そっ、そういうのは無いです、全然。いつも美味しく食べてくれて、すごく嬉しいです。話すのも楽しいし」
朱鳥の目を見て話し、手足が変に動かない慎輔。
慎輔の反応を伺う朱鳥、ウソを吐いていないと確信し、嬉しそうに微笑む。
朱鳥「良かった。キライって言われたらどうしようって。じゃあ、これからも今まで通りに付き合おうね。恋人らしく、特別な事もしたり、さ」
+++
地下の画廊。階段を降りる二人。
朱鳥「初めてでしょ、こう言うの」
慎輔「芸術の知識が無いので。観ても楽しめるかどうか…」
朱鳥「大丈夫。慎輔さんが好きそうなモノばかりだから」
薄暗い室内。ヌードモデル(主に女性)が十字架や銃を持ったり、SMや緊縛等、過激で性的な作品が飾られている。
室内をうろつく慎輔。裸の女性達が視界に入る度、挙動不審になる。
慎輔「(僕が好きそうなモノって…。男だからってヌード好きな訳じゃ無いんだよな。成人漫画は読まないし、風俗だって行った事無い…。そんなヤツが、どう楽しめって…)」
ふと、顔を上げる。一枚の絵をじっと鑑賞する朱鳥の姿。
祭壇に横たわる太った裸体の男性。頭部はヤギや豚、牛などの家畜が合わさる。裂けた腹部に詰まる大量の臓器。中央に座る黒髪の少女。片手に赤い液体が入ったグラス、もう片方の手に心臓を持ち、嬉しそうに微笑む。タイトルは〈EAT ME, DRINK ME〉。
作品に近付く慎輔、朱鳥の傍に立つ。ぼんやりとした目で作品を見る。
朱鳥「〈EAT ME, DRINK ME〉。〈不思議の国のアリス〉に出てくる言葉ね。〈私を食べて、私を飲んで〉」
慎輔「……、私を、食べて…」
魅入る慎輔、ぼんやりと呟く。いつものクセが出る。
横目で慎輔の様子を見る朱鳥。何かを含んでいる様子。
〇都内・駅前(夜)
タクシー乗り場に停まるタクシー。後部座席から顔を出す朱鳥。歩道に立つ慎輔。
慎輔「今日は、すみません。ジュース、奢ってもらって。それに、タクシーまで」
朱鳥「気にしないで。いつも御馳走になってるお礼だから。…そうそう」
ストラップセットを見せる朱鳥。例の絵の〈少女〉と〈怪物〉が可愛くアレンジされたもの。〈怪物〉を慎輔に渡す。
朱鳥「あげる。慎輔さん、この絵嬉しそうに見てたから。私も好き、なんとなくイイよね」
慎輔「そうですね。なんとなく、イイですよね」
ふと目が合う二人。微笑む朱鳥。ドキッとする慎輔。
朱鳥「おやすみ、慎輔さん」
慎輔「おやすみ、なさい」
走り去るタクシー。その場で見送る慎輔、上の空な感じで、頬をつねる。
慎輔「痛い…。夢じゃ無いんだ。こんな僕でも、好きになってくれる人が居るって事」
〈怪物〉のストラップを見る。
慎輔「特別な事したい、か。何だろう、カラオケ、ゲーセン、映画館…」
無意識にクセが出る。恍惚とした表情を浮かべる。
慎輔「―――食べて欲しいな、朱鳥さんに」
『EMDM 第3話』 終
