《創作大賞2024・恋愛小説部門》「Hydrangea」第7章 祭りの翳りに降る霖雨 第21話 認めてない
第7章 祭りの翳りに降る霖雨
第21話 認めてない
授業が終わり、帰りのホームルームも終わる。
普段なら、ここからそれぞれ部活に行ったり下校したりするのだけど、ここ最近は違う。
放課後になって日が暮れても、まだたくさんの生徒たちの声が教室中に溢れている。
わたしはクラスの全員に聞こえるように、手をぱんぱんと2回叩いた。
「さあ、文化祭の準備もラストスパートです。みんな、がんばってね!」
はあい、と元気のいい返事。
わたしはにっこりとほほえんだ。
今週末に控えた文化祭のため、一ヶ月以上前から放課後の時間をあてて、全校生徒で準備に取り掛かる。
生徒にとっても先生にとっても、一大イベントである文化祭。
当日はもちろん楽しいのだけど、こうして前準備をしているときがいちばん楽しいということを数年前に高校生活を送っていたわたしはよく知っている。
教師の立場になって初めての文化祭。
もしかしたら、生徒以上にわたしのほうがわくわくしているかもしれない。
「晴花ちゃーん」
みんなの様子を見ながら教室を回っていると、一人の女子生徒に声をかけられた。
スマートフォンで都内の人気クレープ屋のメニューを見ながら、なにやら悩んでいる。
「ねえねえ、ちょっと相談に乗ってほしいの。うちのクラスの出し物って、クレープの模擬店に決まったじゃない? でもそんなに多くの種類は出せないから、メニューを絞らなきゃいけないんだけど……どれにしようかすごく迷ってて。晴花ちゃんはなんのクレープが好き?」
そう言って見せてきたのは、とてもおいしそうなクレープの写真。
ええと、どれどれ……。
キャラメルバナナ生クリーム、ブルーベリーカスタード、アップルシナモンに、フランボワーズレアチーズ。
トロピカルマンゴーなんていうのもあるらしい。
「わあ、どれもおいしそうだね」
「そうでしょ。迷っちゃうよね。出すからにはちゃんとしたものを作りたいんだけど、みんなはどういうのが好きなのかなと思って」
生徒の言葉に、甘いもの好きなわたしは真剣に画面を覗き込む。
「そうだなあ……。変わり種もいいけど、やっぱりわたしは、定番のチョコバナナがいちばん好きかな」
トップに表示されていた人気第一位のメニューを指差す。
すると、生徒はぱっと表情を明るくした。
「あ、やっぱり晴花ちゃんもそう思う? 私も同じこと考えてたんだ。晴花ちゃんがそう言うなら、このメニューは確定だね!」
「定番は間違いないよね。いろんなクレープのお店のベスト3を調べて、それに倣うといいんじゃないかな」
「それいいね、さすが晴花ちゃん! みんなに話してくる!」
「ふふ、ありがとう。……でも、わたしのことは『水嶋先生』って呼んでね」
「はーい」
おざなりな返事で去っていく生徒。
思わずため息を吐き出した。
教師を半年つとめても、あいかわらずわたしは『お友だちのような先生』だ。
いや、もしかしたら『先生のようなお友だち』なのかもしれない。
しっかりしなきゃと思っても、まわりが認めてくれないのでは意味がない。
……とはいえ、弱音ばかりも吐いていられないのだけど。
なににしても、もっとがんばらなくちゃ。
「夏野くん、準備ははかどってる?」
雨月のところへ行き、声をかけてみる。
雨月は下書きされた看板に色を塗る作業をしていた。
きっと嫌々なんだろうけど、きちんと出し物の準備に参加しているのを見て、わたしはほっとする。
雨月はちらとわたしを横目で見ると、すぐに手もとに視線を戻した。
「集中してるので話しかけないでください」
「……あ、そ、そうだよね。邪魔しちゃってごめんね……」
小声で謝っても返事は返ってこない。
それ以上、雨月はわたしと目も合わせようとしてくれなかった。
このあいだの一件から、また雨月がわたしを避けるようになってしまった。
せっかく仲直りできたのに、わたしたちのあいだには再び気まずい空気が流れている。
……それもすべてわたしのせいだ。
わたしが自分のことを守るばかりで、雨月の気持ちをちっとも理解していなかったから。
今考えれば、あれは八つ当たりだ。
生徒たちに雨月への気持ちをからかわれてうろたえていたからって、ひどいことを言ってしまった。
他の生徒からも名前で呼ばれているのに、雨月だけにあんなことを言ってしまうなんて……きっと雨月を深く傷つけたと思う。
自分に嫌気が差す。
……わたしって、なんでいつもこうなんだろう。
「あらあら、夏野くんにそうとう嫌われちゃってますねえ、水嶋晴花」
外の空気を吸おうとふらりと廊下に出た瞬間、背後から声が聞こえてきた。
ただでさえ暗く落ち込んでいる気持ちに、追い打ちをかけるような言葉にくちびるを噛む。
「『水嶋先生』、でしょ。……似鳥さん」
静かに振り返り、注意する。
明るく取り繕うことも嫌になり、沈んだ声のまま言った。
しかし似鳥さんはわたしのそんな態度さえ気にも留めず、反省の色も見せずに冷たい視線をわたしに向ける。
「ホント笑える。いい気味だって言ったら、どうします?」
「……それは先生に対する言葉じゃないでしょう」
「そうかもしれませんね。でもあたしは、あなたを先生として認めてませんから」
顔色ひとつ変えずに淡々とした調子で言う似鳥さんに、わたしはなにも言えなかった。
もしかしたらこれは、みんなの本心なのかもしれない。
言葉にしないだけで、同じことをクラスメイト全員が思っている。
わたしを先生だと思っている生徒なんて誰もいない。
……そう考えたら、言い返すこともできなかった。
「夏野くんががんばっているときに余計な茶々を入れて邪魔をしないでくださいね、水嶋晴花」
きびすを返し、すぐににぎやかな教室へと戻っていく似鳥さん。
こうして、また改めて思い知らされる。
生徒にこんな態度ばかりとられるわたしは、やっぱり教師に向いていないのかもしれない。
もうため息しか出なかった。
続きはこちら↓
