見出し画像

短編小説|霜月のカフェと君

会社帰り、暗くなった道を街灯が淡く照らしていた。
私は少し心がモヤモヤしていた。
さく……さく……。
緑から色づき落ちてきた落ち葉の絨毯の上を歩く。
赤みを帯びた茶色い絨毯を街灯が照らす。

――今日は、なんだか帰りたくない。
ふとそう思い会社から少し離れたカフェに向かった。
なにか嫌なことがあったわけではなく、ただ、そのまま家に帰りたくなかっただけだ。
11月になって、仕事が終わる頃にはひんやりとした風が頬を撫でるようになった。

カランカランとカフェのドアベルが鳴る。

「いらっしゃいませ。玲奈れなさん。今帰りですか?」

カウンターの男性が柔らかい笑顔を向ける。
彼はこのカフェの店長、朔也さくやさん。
眼鏡の奥の表情が柔らかい人。そして……私は密かに朔也さんへ想いを寄せている。

私はカウンターの席へ腰を下ろす。
「こんばんは。朔也さん。ホットコーヒーをいただけますか?」

いつものように、朔也さんへホットコーヒーを注文する。

カウンターの奥でコーヒーを淹れる朔也さん、横顔をみるうちに私の心臓の鼓動が早くなる。
気づいてほしいけど、気づかれたくなくて平然としてしまう。

――カタン。

「お待たせしました」
 
朔也さんの柔らかい笑顔とともに私の目の前にコーヒーが置かれる。

「ありがとうございます……いただきます」

コーヒーの香りに思わず胸まであたたかくなる。
口にすると、全身にじーんと染みわたり、ほっと一息つける。
コーヒーを飲みながら、私の視線はコーヒーと朔也さんを行ったり来たりしていた。

その後、他愛もない話を交わし、私はカフェを後にした。
外は肌寒いのに、私の顔は熱くなっていた。

カフェで気持ちを落ち着けてから、家路を急いだ。
電車に揺られている間も、私は、朔也さんのことで頭がいっぱいになっていた。
今度行った時は、何話そうとか。
彼女とか……いるのかな?とか。

電車を降りてから私は深く呼吸をした。

家に帰り着く頃には会社でのモヤモヤはどこかに行っていて、朔也さんの柔らかい笑みと声で胸が一杯になっていた。
このままじゃドキドキしすぎて眠れないかもしれない――。

私は家に帰り着き、冷蔵庫を開けた。
解禁日に買ったボジョレー・ヌーボーの瓶を取り出し、少しだけグラスに入れる。
私は、熱を溶かすように冷たいそれを口にした。

飲んだ瞬間はひんやり喉を通るのに、胸の熱だけは冷めなかった。


(965文字)

凜花さんの『tote』11月号への小説寄稿します。
よろしくお願いします!

プロフィール
凪砂 いる(なぎさ いる)
会社勤めの傍ら、コーヒー片手に言葉を紡いでいる物書き。
飲み物片手に読めるエッセイ✕創作を発信中。

いいなと思ったら応援しよう!

凪砂いる いただいたチップで少し豪華なコーヒー飲みます!

この記事が参加している募集