「いる」の原点に立ち戻れた日。
今日はふと、私が「いる」と名乗るようになったのかの話がしたくなった。
「いる」と名乗り始めたのは十数年前。
当時は「イル」という名前で個人サイトをやっていた。
(サイトが現存していた……なんてこった)
企画でテキストサイトを立ち上げたのがきっかけだった。
名前は何にしようか……とふと悩んだ。
私のハンドルネーム『イル』もなんとなくインスピレーションで付けましたが 私はここに『居る』、自分を見てほしい。 そういう潜在意識があったのかもしれません。
それでイルという名前で個人サイトを始めた。
当時はもう既に個人サイトが廃れ始めている時代。
それでも言葉を発せる場所が欲しかったのだ。
Twitterも既にやっていたような気がするが、アカウント変えまくっているので覚えておらず。
で、その当時の個人サイトのデータを見ていたのですが。
ネットスラング多めだけど、書くことを何より楽しんでいる。そんな文体。
十数年前、こんなに楽しかったんだな。
いや、これを書く直前にちょっと凹みましてベッコベコだったのですが。
当時、いや、私は元々物書きだ。もう迷わなくていい。と原点を再確認。
いつの時代も私というものはここに「いる」のだ。
息子の出産でバタバタしてそのサイトは開店休業状態。
(もうID・パスワード・当時のメールアドレス忘れて弄れない)
全部読み返してみて思った。そして誰のために書いていたのか自分に問うてみた。
自分のためだよ。見てくれたらいいなくらいの認識だったよ。
来てくれる人、交流ができて楽しかったよ。
全部、『書くこと』の延長線上の話だ。
やっぱり、私は、誰のためとかじゃなく私のために書いていいんだな。
やっぱり、書くのって楽しいよ。
そして、時は流れ今年5月。読み専だったnoteを綴ることにした。
その時に苗字をつけようと思った。『なぎさ』という響きはあった。
変換して一番しっくりくるものをつけた。
そして誕生したのが『イル』改め『凪砂いる』だ。
過去の自分の文章でデータが現存しているものがあってよかった。
『いる』の原点に立ち戻れた。
私は文章を書きたくて、書くことで自分の存在を表現したくて。
テキストサイトを持っている人は文章で表現していく。
私も、またその1人です。
悲しい時も、逆に嬉しい時も言葉を綴ってゆく。
それが自分の表現方法。
そう、これが私の物書きとしての流儀。原点。
これを忘れないようにしよう。再度迷うこともあるだろう。
迷いがちだった私が、また原点に立ち戻れた。過去の私に感謝。
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