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夏の日に私は書く。それは生きるために

うだるような夏。梅雨が明けて、遠くで蝉の鳴き声が聞こえてきた。
今日も私は、noteに向かって書いている。

……でも、書けない。思うように文章が出てこない。
そんなとき、ふいに過去の傷や、言葉にできない闇が心の底から湧いてくる。
それでも、私は筆を止めない。
私にとって「書くこと」は「生きること」だからだ。

書くことで、自分の中に渦巻く感情や不安、痛みが、少しずつ形を持って薄れていく。
どんなに伝えたい気持ちがあっても、誰にも届かないような気がして
絶望したこともある。
「誰にも響かないじゃん……」と、心が折れそうになることもある。

それでも、私は思い出す。
自分が「書くこと」を始めたきっかけを。
あれは、小学校1年生の頃。詩を書く授業で、私の言葉に担任の先生が言ってくれた。
「いるちゃんの文は、本当に目の前に見えるような詩だね」って。
そのひとことが、どんなに私の心を照らしてくれたか。
あのときから、私は言葉を信じて生きてきた。

それから何度も、いじめや不登校などつらい時期があった。
それでも、書くことで私は何度も救われてきた。
自分を支える柱のように、静かにそこに在り続けてくれたのが「書くこと」だった。

だけどいつしか、私は「もっと読まれたい」「もっと評価されたい」と思うようになっていた。
“たった一人に届いたことがうれしかった”
あの原点を、いつの間にか見失いかけていたのかもしれない。

私は思う。
きっとこのnoteを読んでくれている“誰か”も、似たような気持ちを抱えているかもしれない。
書くこと、創作は、時に孤独で、つらいものになる。
それでもどうか、自分の言葉を信じていてほしい。

あなたが綴ったその言葉が、
誰かの心にそっと光を灯す日が、いつかきっと来る。
それは、あなたにしか紡げない言葉。あなたにしか書けない想い。
だからこそ、無駄なんかじゃない。

私は、これからも書き続けたい。
もし私の文章が、誰かの心にほんの少しでも残ってくれたら、私はそれだけで嬉しい。

書くことは、私の、私たちの生きる道だ。
そう信じて、私は今日もキーボードを走らせる。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

素敵な企画をありがとうございます。参加させていただきます!


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