企画短編|十年分の拗れた矢印
🔹あらすじ🔹
紘也と真尋は想いを伝えあったが、その愛はあまりにも拗れて重かった。
初めて会った高校の入学式から捻れて拗れ、すれ違った二人。
当て馬のくせに愛が重い紘也と十年分の拗れた矢印を向けていた真尋。
初めて迎える特別な朝は、なんだか景色が違っていた――。
甘くて、そして重い愛は、ふたりを包んでいく。
窓の外には宵の闇が広がっており、まだ朝は遠かった。
紘也の腕の中で微睡みながらふと彼のカバンのほうに視線を移す。
――紘也のカバンにあの時のキーホルダー……まだついてたんだ。
かつての空気が、漂ってくるのを感じた。――初めて会った、あの日のこと。
彼に出会ったのは、高校の入学式。
「あれ、お前もそれ、好きなの?」
僕はとある漫画のキャラのキーホルダーをカバンにこっそりつけていた。
振り向くと、後ろの席の筋肉質な眼鏡の男がニカっと笑っている。
「――べ、別に」
「いや、そのキーホルダー、俺も持ってる。それ面白いよな」
「……う……うん。一度読んだだけでハマった。君も?」
「……あー、やっぱそれハマるよな。よかった、同志がいた!」
彼は早口でまくしたてるように話を続ける。
「――俺、藤倉紘也。お前は?」
「……清瀬真尋」
それから、仲良くなるのに時間はかからなかった。同時に彼の不憫な性質を知ることになるのにも。
女子とどこかへ行くことになればドタキャンされるわ、恋は報われないわ。――そして僕に泣きつく。
それが、十年もずっと続いていた。僕は親友で彼の埋め合わせ役。それだけだった。
何度「僕にすれば、そんな顔させない」と、言いたかったか。
いつしか、彼が僕のもとに来るたび、チリリと音を立てていたものが、地獄の業火のように僕の心を焦がすものへとなっていた。
――なんで、僕の気も知らないで、平気な顔で来るんだ。
嫉妬という名の地獄の業火に焦がされながら、それでも彼は僕のところへ戻ってくると待っていた。
そんな彼が、今は僕の隣で寝息を立てている。
僕は紘也の髪を撫で、口角を上げた。
十年分の執着心が、僕の心の奥に灯り、それは次第に渦となっていく。
彼が僕のものになったとしても、それは消えることを知らない。
――愛してる、とかそんな言葉では表現できない。奥底にある自分でもぞくりとする感情。
身体と心に彼が刻まれても、僕はそれだけで満足するはずがなかった。
十年分の執着は、そんなものでは、足りない。
まだ、満たされない。紘也が足りない。僕の心は彼を渇望し、離さない。
「……真尋、顔に出てるぞ。……こわっ!」
くっくっと笑いながら紘也が薄目を開けて目を覚ます。
僕は、顔に熱がのぼるのを感じ、俯きながら台所へ向かう。
「――朝、トーストと目玉焼きでいい?」
「真尋の作るものは何だって美味しいよ。……ってか耳まで赤いぞ」
「――っ! からかうな!」
冷蔵庫から卵をふたつ、ウィンナーを数本。
一気に作るんだったら、半分に分けたほうが早い。
なぜか一人暮らしを始める時に買った、中心に仕切りがあるフライパンをコンロに置く。
チチチ……と音がし、火をつける。
トースターにはパンを二枚入れ、セットし焼き始める。
そして、今日はコーヒーメーカーに粉と水をセットし、スイッチを入れた。
じゅうじゅう、コポコポ。
目玉焼きとウィンナーが焼ける匂いと、パンが焼ける匂い、そしてコーヒーの香りが広がる。
「フォーク、ここだっけ?」
紘也が当然のごとくカトラリーケースから取り出す。
なんだろう、一人暮らしを始めたときから当たり前のような光景だったのに、なんだか今日は違う。
「コーヒー、できてるから淹れとくぞ」
「……ありがとう」
いつも紘也が『埋め合わせ』にくるたび、朝食まで一緒に食べていたら息が合うようになっていた。
これは、まるで……最初からこうであったかのような光景。
しかし、今朝は違う。初めて『埋め合わせ』のはずが、そうでなかった朝。
ふたりで迎える朝は珍しくもなんともなかったのに、今朝は心臓が早鐘を打って、胸の中がうるさい。
――昨夜の紘也の視線が頭から離れない。そのせいだ。
「ほら、真尋、そろそろ止めないと焦げるぞ」
紘也の言葉に、蕩けていた僕の意識がはっと戻る。
「……ありがとう、そろそろ……食べようか」
僕は顔じゅうが熱いまま俯き、声を落とした。
皿に目玉焼き、そしてウィンナーを盛り付け、テーブルに運ぶ。
じゅわりと焼けた香り良い空気が立ち上る。
紘也の目が、壁にある本棚の上を見る。
「――あのキーホルダー、まだ持ってたんだな」
「……紘也こそ、まだカバンについてる」
「あれがなかったら、真尋とダチになってないし――こうしてもいなかったのか」
「……覚えてたのか。入学式のこと」
紘也が、急に真剣な瞳をして、僕を見据える。
「……ったり前だろ。あれから真尋の傍で近づいてくるやつがいないようにって、俺どんだけ頑張ったと思ってんだ。必死で勉強して、同じ大学行って、同じ会社に……入れたのは運が良かった」
――当て馬のくせに、愛が重いんですが……?
そう言いたかったけれど、僕はなんだか口角が緩む。
紘也はペラペラと話を続ける。
「真尋が俺の前からいなくなるなんて、考えられなかったのかもな。たとえ親友としてしか見てくれなくたって」
「それで、十年遠回りしてたのか――僕たち。……僕だって、紘也がいつか本当に誰かと付き合ったらって、怖かった」
ふっと紘也が笑う。
「だから、もうどこにも行かねぇよ。――真尋に気持ちが伝わっただけで、十分だ」
「……僕は、まだ足りないけど?」
「何が?」
「『何が?』じゃない。十年、紘也だけを見てきた。紘也が他のやつを見てた時も。――まだ、紘也が足りない!」
そこまで早口で話して、僕は顔が熱くて前を向けなくなる。
自分の執着と、想いが通じていたことをあれだけ昨夜わからせられたのに満足しない。
恋人になった元・当て馬な親友へ向けられる僕の矢印は重くなりすぎてねじ曲がっている。それは十分自覚がある。
そのねじ曲がりすぎて拗れた僕の心を満たすには、まだ彼が足りないのだ。
「ふぅん……」
紘也がニヤニヤしてこちらを舐め回すように見る。
彼の目が、僕を絡め取って捕食するような視線に、次第に色を変えていく。
それは、ぞくりとするほど妖艶で、目が離せない。
「真尋、昨夜――あれだけ伝えたのに、まだ、足りないんだ?」
「ち……ちがっ! そういう意味じゃない!」
「足りないなら何度でも教えるけど? ――わかるまで」
「――っ! だから! 違うって! そうい――っ!」
「そういう意味じゃない」、と伝える前に、紘也は僕の唇を塞いできた。
全身に熱が広がり、震えが止まらなくなる。
そんな僕を、紘也は捉えて離さない。逃げられないように、既に腰は抱きかかえられている。
逃がすつもりはない、そう言いたげだ。いや、逃げるつもりは毛頭ない。
「涙目になってる真尋……かわいい」
ニヤリと笑っている紘也の口角が、さらに上がる。
「……っ! ちが……っ!」
「何が、違うんだ?」
僕が必死に声を上げようとする隙間から、吐息が漏れる。
混じり合う吐息に、視界がじわりと滲む。
「真尋は俺が足りないんだろ?」
「――だからそういう意味じゃ……!」
たぶん、これは何を弁解しても無駄だ。僕は彼に捕らわれて既に逃げ出せない。
窓から、朝の光がキラキラと差し込み、僕らを照らす。
その視界は、次第に彼に遮られて見えなくなる。
十年分のねじ曲がった矢印が、僕にも向けられた時、紘也はそれ以上に重い矢印を僕に向けてきた。
その矢印が、互いを射抜いて、絡み合う。
これは、抗おうとしても、抗えるものじゃない。
それでも拗れに拗れた僕の心を満たすには、まだ足りない――。
僕は、彼を渇望するように彼を見据え、呟く。
「十年分、拗らせたんだから……満たしてくれるよね? 紘也?」
紘也の前では、たぶん僕の心はもう隠せない。
こちらの企画に参加しています。
当て馬✕当て馬の続きです。
まぁ、会話的にそういうことです。
拗れた激重感情書きがち。
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