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私をつくった本たち

2026(R8)/04/20(月) vol.46

私はあまり本を最後まで読んできていない。読むのがあまり早くないからかもしれない。
大人になってからも積ん読が多い。
しかしそんな私でも心に残る本がある。

影響を受けた本を3冊選んで書く、京都くらしの編集室のnoteチャレンジ。
自分が書くとしたら・・・と思いを馳せてみる。

今月のテーマは【本】
私という人間を定義した3冊。
今の自分の価値観の土台になっている本。
2026年度のはじまりに、自分の現在地を確認する。

京都くらしの編集室 noteチャレンジ



子どもの頃からの記憶をたどり、印象に残る本を思い出す。本を3冊に決めることがまずなかなか難しい。


子どもの頃に出会った本

□ミヒャエル・エンデ作、大島かおり訳『モモ』1973年 岩波書店
□J.R.R.トールキン作、瀬田貞二訳『ホビットの冒険』1937年 岩波書店
□遠藤周作作『沈黙』1966年 新潮社

読み進めながら、本の分厚さが嬉しかった。
ページが残り少なくなっていくのを寂しく感じた。
学校の休み時間でも家でもかじりついていたような記憶。終わらないでほしい、できることならずっとこの世界に浸っていたいと望んでいた。
『沈黙』は家にあり、ふと手に取ったが最後、ぐんぐん惹き込まれてハマっていった。

大人になって時間の隙間に出会った本

□上橋菜穂子作 守り人シリーズ『精霊の守り人』1996‐ 偕成社
□津村記久子作『水車小屋のネネ』2023 毎日新聞出版
□岸政彦編『東京の生活史』2021 筑摩書房  

現在の自分を作り上げている本、というか最後まで読み切った本かな。でも3冊に絞るのはとても難儀なことだ。

以前、働いていた職場の上の人が、私が退職する時に「人生の夏休みですね」と言葉をくれた。幼い子どもの育児真っ最中であったので、言われたときはピンとこなかった。
しかし、先行くその人は、これからの人生が、時に飽きるように長く、時に単調に感じることがある、そのような思いに襲われてしまうことを示唆してくれていたのかもしれない。
余談であるがその人は作家として小説や脚本も書く人であった。折々に若い職員に文章を書くことを勧めていた。あの頃の私は三行日記などを書くように促されても、「ほかの人が書いたたくさんの文章を読むので精一杯です」と生意気にも言い返し、自分が文章を書くなんて想像が及ばなかった。なぜだろう。吸収することに必死であっぷあっぷして溺れそうな心持ちであった。そうしていながら自分のなかは空っぽだと怯えていた。。。

話は戻る。
子どもが生まれてまとまった時間が取れない中、忙しい一方、空虚な感じにも襲われ。子育てや生活実感から離れた自分の時間を過ごしたくなり。逃れるように手にとった小説本たち。

私はあまり本を読んできていないのだが、そんな私でも目が離せなくなる本がある。
久々に分厚いページが減るのが惜しくなる本。

守り人シリーズの第一作目『精霊の守り人』。
幼い子供と図書館に通う日々、ふと手に取り、のめり込んだ物語シリーズである。
物語世界に入り込み、一気にシリーズを読み進め、久々の読書体験となったのだった。
その後、立て続けに上橋菜穂子さんの作品を読破していったのだった。

『水車小屋のネネ』。
新聞小説で出会った。
毎日少しずつ読み進めて心動かされ、ささやかな楽しみとなっていた。
改めて読み返してみると、あとがきに、2020年の5月から2021年の6月にかけて書いたとある。コロナ禍真っ最中の時期だったのだ。
やっぱり自分もあの閉塞感がしんどかったのだなと改めて思う。
小説に登場する人ひとりひとりが親切で、私の心も温まり、希望を忘れないでいさせてくれたと思う。

『東京の生活史』。
何かすべてを横において没頭する時間を持ちたくて。決して安いとは言えない、分厚い、この本を読んだ。少しずつ少しずつ、晩酌でもするかのように読み進め、半年くらい経ったころ読み終えた。
150人それぞれの人生の聞き書きが掲載されているのだが、150人それぞれの人生がじ〜んと胸に流れ込んできて、涙がおさえられない。
それぞれの生きる支え、生きる糧が語られている。人の回復が語られている。迫力のある本なのだ。

空っぽになった心、からからになった心、何かを欲している心が、本からの刺激を、時にがぶりがぶりとすごい勢いで飲み込む。時にちびりちびりと体内に流し込む。
心へ栄養補給をしたり新鮮な空気を送ったりしているみたいだなと思う。

#京都くらしの編集室



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