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「わたしはオムレツが好きだった」心を満たすひとりご飯

「うちのモーニングは最高だな!」

休日の朝、
隣でパートナーがつぶやいた。

顔を向けると、
彼の大好物のひとつである目玉焼きに、
ナイフとフォークを入れるところだった。


半熟の黄身が壊れないよう慎重に切りわけ、
パクッと口に運び、さらに自家製のパンも頬張っている。
その姿は幸せそのものだ。


「よかった……今日も満足そうだ」

少しカリカリに焦げた、白身を口に運びながら

(……わたしはオムレツが好きなんだけどなぁ)
と、心のなかで独り言ちていた。


***


「肉が食べたいっ!」

このひと言が聞こえてくると、
いやおうなしに、わが家の夕飯メニューは決まる。


キノコと野菜たっぷりの雑炊がいいのにな……。

わたしがそう思っていても、
肉料理を作るしかない。

それぞれの好みに合わせて
料理を作りわけるなんて、考えただけでもメンドクサイ、から。

気づけば冷凍庫をガサゴソとあさり、
特売で買っておいたステーキを解凍しはじめている。

結婚してからというもの、
わたしが肉を食べる頻度は、いつの間にか増えていった。

別に無理していたわけじゃない。
だって、一緒に食べるご飯はおいしかったし、
なにより、喜んで食べてもらえることが嬉しかったから。


だから……無理してる、わけではない、よね?


***


「母の日の贈り物、今年はどうする?
去年は苺にしたけど……違うものがいいかな?」

「お母さんの好きなものを贈ってあげたら?
お母さんって、なにが好きなの?」

そう聞かれて、ドキッとしていた。


母の好きなもの……好きな、もの……。


またたく間に、
子どものころの食卓の風景へ遡っていく。


「母さんはいいから、先にあんたたちが食べてなさい」

仕事から帰ると、いそいそと夕飯の準備に取りかかっていた母。
手間も時間もかけられない分、
栄養面だけはバランスよく作られていたような記憶がある。

子どもを先に食べさせて、自分はいつも後まわし。そんな光景しか思い出せなかった。

母の好きなものって……なんだったんだろう?


子どものことを優先する母の姿と、今の自分が少し重なって見えた。
すると、ある考えがぽっかりと浮かんできた。

それは──
大切な人を優先した背後には、身を潜めた自分がいる、ということ。


そうやって「大切な人の好きなもの」を優先しているうちに、
自分の声は小さくなっていく。
やがて聞こえなかったふりをして、蓋をしてしまうのだろう。

その延長線上にいるのは、
「わたしが好きなものってなんだろう?」
と途方に暮れて、迷子になった自分かもしれない。

現にわたしだって……
すっかり忘れかけていた。

記憶の糸を手繰り寄せれば、
わたしは目玉焼きよりオムレツ派だったし、
肉よりも、野菜やキノコが好きだった。


***


自分の声を久々に聞いた翌日、
わたしは自分のためにランチを作ることにした。

在宅ワークになってからというもの、夕飯の残り物やパートナーのお弁当のあまりでパパっとすませることが多かった。

会社員のころのように、お弁当の彩りなんか気にしなくてもいい。
楽だし、最高じゃん! と、最初は思っていた。

でも、「仕事の合間に口にできればいい」はどこか味気なくて……
ランチタイムを心待ちにすることもなくなっていった。

効率を重視した食事は、なんだかわびしいものへと変化していたみたいだ。

不思議なもので、わびしさを意識したら、
ひとり暮らしをしていたころが無性に懐かしく感じられた。

自分を喜ばせるためだけに、お弁当作りしていたあの日々が。


よしっ。
今日はスパニッシュオムレツ作ろう! 卵も贅沢に使っちゃえ。


冷蔵庫を開けて材料を確認してみる。
卵はOK! トマトに玉ねぎ、ジャガイモはないか……残念。
ベーコンに、カブの葉っぱ!!!

材料を取り出して、ササッと洗って切っていく。
お味噌汁に入れようと思って残しておいたカブの葉っぱ。
まさか、こんな形で役立つとは。

予想外の使い道に、思わず口元が緩みだすではないか。

ザク、ザク、ザク……
子気味いい反動が包丁ごしに伝わってきて、
心もうきうきしてくるのは気のせいかな?


下準備した食材たち。これからおいしくしてあげよう!


玉ねぎは、味のうま味を引き出してくれる優秀食材。
けれど切っている最中は、
涙と鼻水を誘うやっかいな奴……。

そんな玉ねぎも、フライパンで炒めるころにはそのやっかいさが消えている。
ここから先は、オムレツには欠かせない名わき役なみの働きをしてくれるはずだ。


見ているだけで、その彩りにうっとりする。


コンコン、パリッ。

卵を割りながらふと思う。
平日のひとりランチに、こんなに卵を使っていいのかなぁ。
一瞬だけためらったのち、勢いで3つ割ってかき混ぜた。
もうこれで、後戻りも後悔もできないはずだ。


ジュワッ。

炒めた具材の上から卵を流し込んだら、食欲をそそる音が広がった。
音だけでもよだれが出そうなのに、オリーブオイルで炒めた野菜の香ばしい匂いが、容赦なく鼻腔を刺激する。

トマトとチーズをそっと乗せて、
蓋をして待つことに。

卵の黄色がまぶしいくらいだ。


部屋中に充満する香りを深く吸い込んでみた。
普段は鼻腔の存在すら忘れているのに、おいしそうな香りをキャッチした途端に存在感をあらわしてくる。

人間の五感って、おもしろいな。


それにしても、
自分だけのために料理するのは、いつぶりだろうか。

気づけば思考は勝手に、過去の海へと潜っていく。

答えが見つからないまま、ぼんやりしていたら、
(そろそろ焦げますよ)と、目の前のオムレツがわたしを現在へと引き戻してくれた。


蓋を開けると、
目の前が一瞬で真っ白に。
ほかほかの湯気が、メガネに蓋をしたらしい。

視界を奪われ、慌ててメガネを外すと
黄色と赤、緑の鮮やかさが、ぼやけたまま飛び込んできた。

色彩と匂いの総攻撃に、
もはや我慢ならぬと、腹の虫が騒ぎはじめる。


気づけば、普段はあまり使わない
ロイヤルコペンハーゲンのお皿に手が伸びている。

料理は器で決まる──そういうではないか。
それならば、器にのせて仕上げといたしましょうか。


鮮やかなオムレツは、白い器に映えますね。


***


ナイフとフォークでその黄色の弾力に触れ、ゆっくりと切りわける。
すると、ゆらゆらとまっ白な湯気が立ち込めた。

溶けたチーズとほわほわの卵の境界線は、もはやない。
両者が仲良く手を結び合っているせいか、フォークで持ち上げると、まるでゴムのようにどこまでも伸びて、伸びて、伸びていく。

口のなかいっぱいに熱気が飛び込んできて、
ハフハフしながら、ひと噛み、ふた噛み咀嚼するうちに、ふんだんに使ったハーブソルトとブラックペッパー、トマトの酸味と玉ねぎの甘味が踊り出していた。

ふわっふわっの食感のなか、
カブの茎がよい意味でアクセントになってくれている。
そんな小さなことに、じんわりと感動を覚えずにはいられない。

おそらく、捨てられることが多いであろうカブの茎。それを活かしてあげられたことが嬉しかったのだ。

熱々のオムレツを口に運ぶたび、久しく忘れていたことが鮮明になっていく。
ゆっくり、ゆっくりと、心が潤いで満ちていくこの感覚。


大切な人のために、料理する時間のなかにも幸せはある。
大切な人の好きなものを作って、喜ばせたい気持ちも嘘じゃない。

でも……考えてみたら、自分だって大切な人なのだ。

そのことに気づけたわたしは、
自分のために好きなものを作る時間を惜しまないことにしよう、そう心に刻んでいた。


どうやらオムレツがわたしに運んでくれたものは、
心を満たすひとりご飯だけではなかったようだ。


口に運んだトマトのほのかな酸味、チーズと卵のまろやかさ。

その日のわたしの顔は、オムレツのまろやかさに負けないくらい、
柔らかくほどけていたんじゃないかと思う。


さてあなたは、大切な自分になにを作ってあげますか?


***



この記事は、
「#心を満たすひとりご飯」投稿コンテストに参加しています。

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