術後飲まなくなったもの
これを書いてて気づいたんですが、病後、飲めないというわけではないのですが、以前ほどおいしいと思えなくなって飲まなくなったものがあります。
病気や手術1つで人間の好みって変わるのでしょうか?
不思議
その飲まなくなったものというのは、
お酒
…と言えれば良いのですが、人に心配されるくらいには飲み続けています。
飲まなくなったのは
コーヒー
しかも
ブラックのコーヒー
私が幼かった頃。
40年ほど前はコーヒーにはミルクと砂糖をどばどば入れるのが当たり前だったんですよ、そんな時代があったんです。
喫茶店のテーブルには必ずシュガーポットがありました。
スジャータのコーヒーフレッシュには花の絵が描かれていて、実はあれがミルクじゃないと知ったときの衝撃と、コーヒーフレッシュという名称が関西限定だと知ったときの衝撃たるや、そりゃあもう。

小学生の頃、コーフーフレッシュをそのまま飲むのが好きで、お母さんから「コーヒーフレッシュは1日1個まで」というルールを設けられて、夜な夜なフレッシュを美味しく飲んでおりました。
それがいつの頃からか、コーヒーはブラックで飲むのが美味しくなり。
世の中もコーヒーはそのまま飲むのが当たり前となり。
喫茶店からはシュガーポットはなくなり、喫茶店そのものが街から消え去り。
大人にった私は、朝起きると必ずコーヒー。
仕事でお客様先に行くと何も言わずにブラックのコーヒーを出していただくようになり。
出先から会社に帰ってくるとコーヒーで一服。
私の生活には常にbrooksのコーヒーが共にありました。

さて、話は飛んで入院中の話。
私が入院していた病院には1階にドトールコーヒーが入ってたんですよ。
入院中、体力落とさないために館内をひたすら歩き回ってたので、幾度となく前を通りました。
入院着のまま入っている方もいらっしゃって、「久しぶりにコーヒー飲んでゆっくりとした時間過ごすのもいいなぁ」なんて思いながら通り過ぎておりました。
丸1ヶ月の入院生活もいよいよ退院の目処が立ちまして。
3回も開腹手術して、まぁ何本も色んな管に繋がれた入院生活も終りを迎え、退院を目前に控えた退院2日前。
体を繋ぐチューブは1本も無くなり、用事がなくなったのか看護師さんもすっかり病床に訪れてくれなくなり暇になった私は、休憩室の図書コーナーから借りた東野圭吾の小説を傍らに鼻歌交じりにドトールを訪れたのでした。
オーダーしたのはもちろんブレンドのS。
1ヶ月ぶりのコーヒー。
かぐわしいコーヒーの香りを満喫してカップを啜る。
あれっ?なんか…キツい。
なんというか、濃いでもなく、苦いでもなく、かといって不味いでもなく、どう表現したら良いのか悩みますが、あえて言葉にするなら
「キツい」
なんですよ。
前まで、コーヒーを飲んで「ふぅ~」っとしたのが、なぜだか、ふぅ~っとならないの。
なんでなんで?
でもまぁ東野圭吾を読んで久々のリラックスタイムを楽しみました。
翌日。
退院前日。
再度ドトール来訪。
昨日はきっと久々すぎてコーヒーの味が分からなかっただけ。
そして私の手には、今晩中に読み切らないと明日朝には返さなくてはいけない東野圭吾。
絶対に読まなくてはいけない闘いがここにある。
盟友にはブレンドのS。
いざゆかん、ガリレオ先生。
あれ?やっぱりキツい。
うーーーーん、まぁ、そのうち感覚が戻るだろう。
と思ってから、はや1年3ヶ月。
コーヒーが以前ほどおいしく感じられない身体になってしまいました。
大腸の一部を取るとコーヒーが飲めなくなる説。
そんなアホな。
もし同様の症状の人がいたら、ぜひコメントください。
けどその代わりカフェラテを飲むようになりました。

それと新たな美味しさを知ったのが、ソイラテ。
コーヒーになんで豆乳?
と思ってたけど、飲んでみるとこれが美味しい。
むしろ牛乳より豆乳のほうが美味しいまで。
考えてみるとコーヒーも豆乳も豆だから相性がいいのかもしれない。
いや、まったく根拠のない想像だけど。
ブラックはあまり飲まなくなったけど、その代わり仕事中、ふと寄ったカフェで店員さんがハートのラテアート描いてくれて嬉しくなる喜びを知ることになりました。
