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遺跡をゆく(諏訪界隈:諏訪大社、青塚古墳) 25023

諏訪界隈(2):諏訪大社、青塚古墳ほか

湖には往々にしてミステリアスな物語がつきものですが、諏訪湖にもいろいろな物語があり、魅力的な湖です。

諏訪大社はこの諏訪湖の南東に上社2宮、北に下社2宮が鎮座しています。
前日の夕刻に茅野から下諏訪に入っていたので、午前中に下社を参拝し、午後に上社を参拝することにしました。

下社は、大灯籠(1829年建立)を頂点とした直角二等辺三角形の斜辺の両端に春宮と秋宮が位置し、その間は1.1kmです(三角形の1周は約3km)。

大灯籠から春宮大門の鳥居方向を望む

秋社の近くには古くからの温泉宿や飲食店のほか、現代的な観光施設やお店も多く集積しています。そして諏訪地方唯一の前方後円墳である青塚古墳もこの街区にあります。

 さて、下諏訪駅前のホテルをチェックアウトして中山道を西に向かい、大灯籠で方向を北に変え、春宮大門の鳥居をくぐって大門通りを直進します。しばらくすると屋根付きの太鼓橋「下馬橋」に到着します。さらに北に進むと春宮の入口に到着します。

春宮拝殿。
諏訪大社は本殿のない「諏訪造り」

春宮を参拝後、三角形の斜辺をなす中山道を歩いて秋宮に向かいます。

風情のある通り(中山道)

江戸時代の宿場の風情が醸される中、秋宮の手前の温泉郷に入ったところで青塚古墳に遭遇します。全長67m、くびれ部には小さな社が建っていて信仰の対象になっていたものと思われます。

青塚古墳

秋宮に参拝し、再び繁華街に戻るとランドマークのような赤い建物の屋根が気になります。これは「しもすわ今昔館おいでや」の中にある「水運儀象台」というものです。11世紀終り頃、中国北宋時代に建設された水力時計と天体観測装置が一緒になったもので、当時の設計書に忠実に復元されたものだそうです。

復元された水運儀象台。
屋上で龍が支えているのはレンズのない望遠鏡
時計部分は水車や日時分を刻む枢輪が組み合わされている

同じく「おいでや」内の「星ヶ塔ミュージアム矢の根や」を見学します。ここには黒曜石や縄文土器のほか、黒曜石の採掘坑の復元ジオラマが展示され、また、テラスからは青塚古墳の石室を見ることもできます。

青塚古墳の開口している横穴式石室

ちょうどいい時間になったので、下諏訪駅に向かう途中の蕎麦屋さんで早めの昼食をとり、電車で隣の上諏訪駅へ。

上諏訪駅からはバスに乗って上社本宮へ。ここが諏訪大社発祥の地です。

本宮拝殿

本宮から前宮までは2km弱で、歩くことにします。
観光マップを見ると、途中に「およそ200段!」という階段がある北斗神社というのがあります。200段!はパスしようと思いつつも、いざ神社の階段の下までやってくると、ためらってはみたものの、諏訪の武勇の神のお導きか、登ってみることにしました。

北斗神社

踊り場のないほぼ一直線の細い石段を上りつめると小さな祠がありました。下りは足もすくむような階段ではありましたが、すれ違う人もなかったので、なんとか地上に降り立つことができました。

広い道をちょうど半分(1km)くらい進んだところに神長官守矢史料館の入口があります。
ここは上社の神事を取り仕切る神長官を勤めてきた守矢家に伝わる貴重な古文書を収蔵しており、一部が公開されています。そして何より目を引くのはロビーの壁面に復元展示されている「御頭祭<おんとうさい>」の祭壇です。これをみると諏訪大社が風の神、水の神であるとともに、狩猟の神として信仰を集め、中世以降は軍神として多くの武将たちから崇拝されていたということが理解されます。

祭壇の復元展示

見学を済ませてさらに1km弱進んだところに前宮の入口があります。ついに4社詣でを完遂です。

前宮の十間廊。
御頭祭の神事が行われ、75の鹿の頭が供えられた

あとは2.5kmほどの距離にある茅野駅をめざします。中央自動車道をくぐり、上川を渡り、ほぼ観光マップ通りに進んで茅野駅に到着できました。地ビールと信州のワインを買ってあずさ44号に乗り込み、帰路につきました。

 次回は、信州産以前の黒曜石の関東周辺への供給元だった見高段間遺跡を採り上げたいと思います。

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