【限定版】成績よりも大切な「視点の高さ」〜わが子の将来を左右する“抽象的思考”の育て方
こんにちは。石田勝紀です。
今日は耳が痛い話編です。(笑)
でも、本来、教育というのは、こういうことを身につけるためにあるのであって、知識を埋め込むことではないはず。
これまでの経験から、子どもたちを指導している人の抽象度にによって子どもの学力が上がるかどうかが決まると言っても過言ではありません。
これは何も指導者だけの話ではありません。大人であれば、それなりに人生経験を積んでいるので、ある程度の抽象度の高さはなくてはいけないのですが、状況によって右往左往したり、イライラし続けることがあるとしたら、目の前の現象(具体的事象)に振り回されていることになります。
私は、大人というのは、この抽象度の視点の高さにあると考えています。年齢がまだ幼い子どもでも、抽象度の高い子がいます。この子は、ある意味大人です。抽象度の高い人が低い人を見ると、幼く見えるので、抽象度の高い子は周囲の大人を見て、「レベル低いな」と思っています。
この抽象度は学校の勉強を通じて、引き上げることができます。しかし、一部のプロ教師を除いては、全くと言っていいほど、されていません。抽象度が上がると、学びが楽しくなるので、もし多くの教師ができていれば、日本中、勉強が嫌いとか、やりたくないという子がこんなにたくさんいるはずがありません。
知識の獲得は、抽象度を上げるプロセスで身につくものであり、それは目的ではないということを、指導者は認識しておく必要があると考えています。
このテーマはこれ以上書くと、前置きにならないぐらい書いてしまうのでここらあたりでおしまいにして、早速、本題に入っていきます。
【限定版】抽象的に見ることができる人は広く深く見渡せるので、多様性を受け入れやすく、少々のことではブレることがありません。一方、具体的事象しか見えていない人は、目の前の現象に振り回されて右往左往、イライラに支配されます。挙句の果てには、自分が見えているもの以外を排斥する傾向にあります。これは今も昔も変わりません。本来、学校教育は抽象的視点を持つことができるようにすることがミッションの一つなのですが、実際は行われていないため、この視点の差が大人になっても埋まることがありません。
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