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【短編ホラー】ノイジィ・ノスタルジィ『3つのお題に空想のひらめきを』第53回

ーー黄昏時にラジオから聞こえる囁き声。

 祖父はいつもラジオに向かって語りかけていた。
 祖母は私が生まれる前に亡くなっており、ラジオを聴くことは祖父の日課になっていたらしい。
 そんな祖父もこの前亡くなった。
 正確ではないが失踪から7年が経過した為だ。
 ある夕方、何も言わずに家を出たっきり、もどらなかった。
 近くの空き地で近所の人が見かけたらしいが、声をかけてもうわの空のような状態で、赤黒く染まった空を見上げていたらしい。
 その後の足取りは杳として知れない。
 両親が夜になっても戻って来ないため、警察に連絡し、いつもより夜が賑やかだったとぼんやり思った記憶がある。
 私は小さかった為、あまり祖父の記憶は残っていない。
 でも、黄昏時のあのラジオに語りかけていた時の目の輝きだけは今も脳裏に思い出す。
 ラジオは年の離れた兄が譲り受けていた。
 祖父が居なくなってから勝手に使っていたのを知っている。一緒だった子供部屋で時々聴かせてくれた。
 幼かった私には人が居ないのに代わる代わる違う声が発せられ、とても怖いと思っていて、良く兄からは、「お前は本当、怖がりだなぁ」なんて笑われた。
 夜遅くまで、ラジオを聴きながら大学入試の勉強をよくやっていた。机の周りが眩しくてなかなか寝付けなかったが、がんばれって思っていたっけ。
 努力の甲斐あって、兄は無事都内の大学に合格して、家を出た。淋しくて暫くずっとくっついて離れなかった自分を、今思い出すと恥ずかしさのあまり転がり回りたくなる。
 祖父のラジオも兄と一緒に家を出た。
 兄の居なくなった部屋は最初こそ寂しく感じたが、その内段々と日常となり、人並みに思春期を迎えた今、私は一人部屋を我が城の如く満喫するようになった。
 高校2年生の時、久し振りに兄が帰ってきた。上京したきり法事でもなければなかなか帰省しなかった兄だから、ちょっと驚いた。
 帰ってきた夜、兄は都内に就職が決まったと報告して、両親と大喧嘩をした。部屋に居たら急に一階から怒鳴り声が聞こえて驚いた。
 どうやら両親は私と違い、家の跡取りとして地元で就職して貰いたかったみたいだ。
 途中、母が仲裁にまわりお互い一旦頭を冷やそうと言う事でその場は収まったらしい。
 その後、私の部屋に来た兄は、「懐かしいな」なんていいながらお互いの近況等を話しあった。なんと、兄は大学で彼女が出来ており、卒業後同棲の約束をしていると照れながら教えてくれた。
 何もない部屋で、ゆっくりラジオを聞きながら2人で過ごす何でもない事が楽しいとノロケていた。
 写真を見せて貰ったが、優しそうな可愛い感じの人に見えた。「お幸せに」と言った時の兄はとても幸せそうに笑っていた。
 その後、何度か話し合っていたが、結局両親が折れて、兄は都内で就職する事になった。

 兄の順風満帆に見えた人生に翳りが出たのはそのすぐ後、
 兄の彼女が居なくなった。
 兆候や身に覚えの無かった兄は、余程彼女を愛していたのだろう。様子を見に行った両親が実家に無理やり連れ戻す程、見るからに憔悴して、別人の様になっていた。
 帰って来た時、兄は祖父のラジオを大事そうに胸に抱えていた。
 それからの兄は、一通りの生命活動に必要なこと以外に興味を示さず、客間で一日中ラジオを聞いている。両親も今はそっとしておく事にしたようだ。
 兄は私が話しかけてもほとんど生返事だった。唯一、まともな事をボソボソと呟いているのが夕暮れ時のラジオに向かってで、実の兄でも薄気味悪い感じがして、そんな事を感じる自分も少し嫌だった。
 ある時、ちょっと早めの夕ご飯を兄に知らせに行った時ちょうど兄はラジオに語りかけていた。
「お兄ぃご飯ーー」
 こちらを向いた兄の目が、かつて何処かで見たような輝きを放っていた。
 ラジオからは『ザザッ、ザザ』と、ノイズの様な音しか私には聴こえない。
「ああ、わかった」
 それは、誰に向かって言った言葉だったんだろう。妙に気になった私は、暫く兄から目を離さないように注意する事にした。

 それから3日後、夕方のラジオへの語りがけを終えた兄はふらりと外に出ていこうとする。
「お兄ぃどこ行くの?」
 語りかけても返事は無い。母は買い物で家に居ない。腕を掴んで止めようとして、乱暴に振り払われた。歳が離れていたからか、今までこんな事無かった。衝撃を受けた私は固まってしまった。
 その隙に兄は外へ出て行ってしまい、慌てて追いかける。

 兄は、空き地にいた。黄昏時に。祖父が最後に目撃されたという場所と時間に。
 赤黒く染まった空を見上げ、両手を天にかざして、何かを待つように。
 私はなぜか近付けなかった。近付いてはいけないと何かが引き留めた気がして、ただ、兄を見ていることしかできなかった。

ーーザザッザー
 やがて、兄の指先が微かに震え始め、増幅し、波の様に解け、徐々に、空気に溶け込んで行った。
 そして満足気な笑みを虚空に向け目を輝かせた兄は、

ザザー……

 そのまま消えた。
 何も出来なかった私の目の前で。

 兄は失踪した事となった。
 私はあの出来事を誰にも言えなかった。言っても誰も信じてくれないだろう。
 
 きっと祖父も、もしかしたら兄の彼女も同じなのかもしれない。

 ラジオだけが残った。
 もしかしたら、みんなに聴こえていたのかも知れない。波になって空に消えた、大事な人の周波数が。

ザザー

 ラジオは私が持っています。


3つのお題(昭和ノスタルジー)
🎈お題①:「夕暮れの空き地」
🐾お題②:「祖父のラジオ」
⏳お題③:「兄のお下がり」

楽しそうだったので、拙文にて参加させて頂きます。どうか宜しくお願いします。


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