歩く マジで人生が変わる習慣|腰痛を抱えていた私が読んで思ったこと

読もうと思ったきっかけ
「現代のシューズは、体を蝕んでいるんです。」
YouTubeで、『歩く マジで人生が変わる習慣』
筆者の池田光史さんがそう語っているのを見たとき、
私は思わず、画面の前で大きくうなずいていました。
現代人の足は、弱体化している。
靴を履いて走るより、裸足で走るほうが自然なのではないか。
裸足に近い靴に変えたら、足のケガが治った人もいる。
そして、こんな話もありました。
体の骨のうち、約25%は足に集まっている。
それだけ関節があり、本来は繊細に、しなやかに動く場所なのに——
私たちは分厚いソールで固め、動かない状態にしてしまっている。
厚底シューズで走ると、体重の約2倍の衝撃がかかる。
でもクッションがあるから、気づかないまま走れてしまう。
一方、裸足で走ると衝撃は体重の0.5〜0.7倍。
全身を使って衝撃を分散しているからだそうです。
私は、ふんふんと深くうなずいていました。
というのも、その頃の私は、すでに底のあるシューズをやめて、
底の薄い靴をメインに履いていたからです。
「やっぱり、そうだよね。」
そんな気持ちで、この本
『歩く マジで人生が変わる習慣』を手に取りました。

「座ることは新しい喫煙」という衝撃
この本で、特に衝撃だった言葉があります。
「座ることは、新しい喫煙である。」
ビビりました。
正直、ちょっと怖いですよね。
座ることの健康リスクは、心臓病やがん、
糖尿病などの深刻な病気と関連していて、
喫煙と同等だというのです。
そして、こんな一文もありました。
長時間の座位が続くと、どんなに運動を増やそうとも、そのリスクを相殺するのは難しいということだ。繰り返すが、どんなに運動を増やそうとも、である。
つまり、「運動してるから大丈夫」ではない、ということ。
これは、なかなか耳が痛い話です。
さらに印象的だったのは、足と靴の話。
現代人の足はそもそも壊れているという前提で作っているシューズが多いんですよ。
今の多くの靴は、いわばギプスやコルセットのようなもの。
「あなたの足は弱いですよね?」
「土踏まずは崩れてますよね?」
そんな前提で作られている。
たとえばアーチサポート。
土踏まずを強制的に持ち上げてくれる機能です。
たしかに、履くと楽です。
でも——
片足には33もの関節がある。
本来はそれぞれが微細に動き、安定性をつくっている。
それを無理やり押し上げて固定してしまうと、
自由に動くべき関節が動かなくなる。
関節が動かなければ、筋肉も眠っていく。
眠った筋肉は、やがて弱くなる。
靴は壊れた足を一時的にサポートしてくれるかもしれない。
でも、足を「強く育てる」ものではない。
そんな指摘が、繰り返し書かれていました。
体を整える仕事をしている私から見た「歩く」
体を整える仕事をしている私ですが、
ずっと腰痛に悩んできました。
そして実は、
靴選びにもずっと悩んできました。
これについてはまた改めて書きたいくらい、歴史があります。
一番困っていたのは、
ちゃんと合う靴がないということ。
私は足幅が細くて、
普通の靴だとどうしても大きすぎる。
だから、かかと寄りで歩く癖がつき、
足の指はほとんど使えていませんでした。
当然、アーチもきれいには機能していない。
足の裏にはタコや魚の目ができて、
「歩くと痛い」「歩くの嫌だな」という感覚が、
少しずつ当たり前になっていきました。
そんなわけで変な姿勢で歩いていたわけです。
腰痛もよくなるはずがありません。
健康のために歩いているのに、
歩くたびに、どこかが痛い。
なんだか、ちぐはぐですよね。
そんな私が、5年ほど前から
底の薄い靴を履くようになりました。
マンサンダルやVivoBarefootのような、底がとても薄い靴。

この本の著者も勧めているような、
足裏の感覚がきちんと伝わるタイプの靴です。
すると、不思議なことが起きました。
足の指が少しずつ使えるようになり、
足裏が地面を「感じる」ようになっていった。
気づけば、足の裏のタコや魚の目が、
できにくくなったのです。
姿勢が変わったのか、
長く歩いた次の日は
体のあちこちが筋肉痛になりました。
全身を使った歩き方になって
腰への負担が減っていきました。
歩くのが痛くない。
歩くのが怖くない。
そんな感覚に変わっていました。
私はそこで初めて気づいたんです。
本来、健康のために歩くはずなのに、
歩くことで体を痛めつけていたんだ、と。
これは、本を読んで気づいたというより、
自分の体で体験して、腑に落ちたことでした。
でも、正直に言うと——
私の足が変わったのは、
薄底の靴にしたからだけではありません。
もちろん、歩くことはいいことです。
でも、どんなシューズでどう歩いているかが大事。
腰痛をなんとかしたくて、
私は「歩き方」そのものを変えていきました。
一般的に言われる正しいウォーキングは、
かかとから着地して、
腕を大きく振って、
しっかり歩幅を出して歩く。
でも、私が取り組んできたのは、
いわゆる“古武術的な歩き方”です。
足裏全体を使う。
体はぶらんぶらんと、力まず揺れている。
腕は振るのではなく、勝手に振られている。
そして、体はほんの少し斜め前に傾けて。
一生懸命「歩こう」としなくても、
自然と足が前に出ていく。
そんな歩き方です。
この歩き方を身につけていったことで、
薄底の靴でも、足への衝撃をそれほど感じなくなりました。
よくあるのが、
「裸足がいいらしい」
「薄底がいいらしい」
と聞いて、いきなり変えてしまい、
かえって体を痛めてしまうケース。
これは本当に多いです。
靴を変えることよりも先に、
体の使い方を変えること。
足裏で地面を感じられること。
重力にゆだねられること。
楽に立てること。
それがあって初めて、
薄底の靴は“味方”になります。
姿勢が変わり、痛みが変わっていきます。
私は、薄底にチャレンジするなら、
まず「体が楽な歩き方」を学んでからにしてほしいな、と思っています。
歩くことは、量より「質」
この本を読んで改めて思ったのは、
歩くことは、
人生を変える力を本当に持っているということ。
でもそれは、
「たくさん歩けばいい」という意味ではない。
座ることが新しい喫煙だと言われる時代。
とにかく歩こう。
1日1万歩。
腕を振って大股で。速足で。
そんな言葉もたくさん目にします。
けれど私は、こう思うのです。
歩くことは、
自分を痛めつける行為にもなるし、
自分を整える行為にもなる。
立派なシューズを履いていたとしても、
かかとだけでドスドス歩けば、
足は固まり、股関節は詰まり、
腰は疲れていきます。
一方、
底が薄い靴を履いて
足裏全体で地面を感じ、
体が楽にユラユラ揺れ、
重力にゆだねられているとき。
歩くことは、
体を再教育する時間になります。
足の33個の関節が目を覚まし、
眠っていた筋肉が静かに働き始める。
そのとき、歩くことは
“調律”のようなものになる。
この本は、
歩くことの可能性を強く教えてくれました。
そして私は、そこに
もうひとつ付け加えたい。
歩くなら、
まずは、足裏を感じることから。
重力に任せてみることから。
人生を変える習慣は、
そんな小さな習慣から始まるかもしれません。


