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おなじ脳みそ as ジョン・レノン

 ジョン・レノンが産道から頭を出す三十年前、彼とおなじ脳みそをもった男がすでに生まれていた。物質的に、まるっきり、おなじ脳みそなのだ。育っていくにつれ、思考や思想はジョン・レノンと乖離していった。しかし、どの段階をもってしても、男の脳みそは確実にジョン・レノンだった。

 男の名前は現代に残っていないため、仮に政彦とする。政彦はもちろん音楽がすきだ。十二歳下の妹に毎晩、朗々と歌を聴かせていた。政彦の歌声はジョン・レノンのものとは似ても似つかないが、その美しさに文句を挟むものはいなかった。なにしろ、政彦は妹にしか歌を披露しないのだから。
 妹は兄に言った。「ねえ、この名曲『A Hard Day's Night』は、他の人には聴かせないの?」
 兄は言った。「知ってるだろ。ぼくは人見知りなんだ。それに、妹以外はだれもすきじゃないんだよ」
 これは余談だが、妹の名前は妹である。

 ある日、政彦は妹を亡くす。妹の死因はアイスクリーム頭痛だった(信じられないかもしれないが真実だ)(もちろん嘘だ。こういったことばを軽率に信じてはいけない)。
 妹のいない政彦は、まるで灯台をなくした灯台守だった。政彦は泣きながら歌った。まだ妹以外には聴かせたことのないStrawberry Fields Foreverを。Come Togetherを。Don't Let Me Downを。その声に足を止めたものが一人だけいた。芸能人の逆、一般人のおじさんだ。
「おまえはミュージシャンか、さもなくば神になるべきだな」
 政彦はうーんと唸り「考えておくよ」と言った。

 政彦はその後三十年を生き、外套を忘れた冬の日に息を引き取った。子どもはいなかった。

(それではこれより、あらゆる語られなかったものたちの記憶へ潜ろう)


 その少女の名はラザク、齢15にして、週刊少年ジャンプの存在を予見していた。ジャンプが誕生する遥か800年前のことだ。彼女はすでにドラゴンボールのあわい輪郭すら見えていた。
「七つの球体を集めることで、願いが叶う物語だ。でもそれが本質というわけではない。血が全身に巡るような熱い闘争が見せ場なんだ」

 ラザクは壁に向かって話している。彼女は極度の人見知りで、同い年の目を見て話すことができなかった。彼女のはつらつとした声を聴いたことがあるのは、せいぜい山羊か石像ぐらいだろう。

 ラザクは家族の手伝いをしている。重すぎる荷物は背中に床ずれの症状を引き起こさせた。彼女は水虫とともに夜明けを出発し、約250kmのでこぼこ道をひたすら歩くのだ。ラザクはぶつぶつと泥に向かってしゃべる。
「今朝、とある機械について考えたんだ。iPhone 16 Pro Maxっていうんだけど……」

 ラザクは独身のまま死んだ。妊娠の形跡はなかった。

(よし。次に向かおう)

 原始の時代、まだ意味のある声が定着していないころの話だ。彼は言葉という概念そのものを創出した。しかし、彼は未来的すぎた。なにしろさいしょに思いついた言葉は「ドジャース」で、次は「自走式掃除機」だったのだから。

 彼は仲間たちが股間をぶつけあっているさなかに現れ、必死に言葉を布教した。結果、うまくいかなかった。
「ちくしょう、よりよいセックスのアーキテクチャを模索しやがって」と彼は愚痴った。

 彼は大きな動物に踏まれてあっけなく死んだが、意外にも仲間からは賢いものとして評価されていたようだ。彼がそれに気づいたことはあったのだろうか?

(さて、これが最後だ)

 一精子は、アメリカがなんだかすごいことになっていることを生まれる前から知っており、それを解決する手段もすでに用意していた。だが、精子は隣の精子に道を譲った。ぎゅんと後退し、精子は目を閉じた。そこに神が現れた。
「あなたは一体?」困惑しつつ精子が言った。
「ぼくはジョン・レノンとおなじ脳みその神さまだよ」
「なぜ私のもとに」
「きみのような賢いものには手を差し伸べたくなるんだ。きみはふたつの道を選ぶことができる。生か、死か。生を選べば、きみは双子としてこの世に姿を現す。死を選べば、きみは孤独な魂たちと永遠に戯れることができるだろう。ぼくの妹もいるし、ジョブズと漫画の話をする女性もいれば、ドジャースと名乗るぺちゃんこの男もいる」

「とても魅力的な選択肢ですね」と、精子は丁重に言った。
「私は生まれたい。たとえどんな障壁があろうとも、きっと乗り越えてみせましょう」
「では、そのように」ジョン・レノンとおなじ脳みその神は、ジョン・レノンがするようにImagineを歌った。

 流れ星の夜。こうして双子のカンガルーが生まれた。もちろん、カンガルーはアメリカを救った。

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