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家電ラップバトル

 おれはテレビ。今日は決勝戦だ。
 家中の知的生物が寝息を立てる夜、電化製品どもの狂宴がはじまる。
「さあ始まったぜ! ボルテージを上げろぉ!」
 電子レンジが声援に熱を上げる。家庭用だから600ワットまでしか上がらないが、その代わりに黄色い光がビカビカとうるさい。
「チャンピオンになるのはテレビジョンよ。日本はレベルが低いけど、彼だけは特別ね」
 彼女はアメリカかぶれの炊飯器。飯炊き女なんて呼ぶと蒸気を浴びせられるぜ。
「どっちかは絶対負けてしまうなんて、嫌だなあ……」
 彼は加湿器。相変わらず湿っぽいやつだ。兄の乾燥機はドライなのに。
「ふん。おれが万全なら、あんなやつすぐ掃除してやるのに」
 やつはハンディ掃除機。自分にはハンデがあるって言い訳をする卑怯なやつだ。土壇場で試合を放棄したこいつのプライドは箒以下だ。
「おい、テレビ。準備はいいか?」
 おれに話しかけてきたのは恩人の、いや、恩機械のブルーレイレコーダーだ。彼は、放送休止だったおれを再生させてくれた、唯一の存在だ。
「ああ、いつでもいける」
「なんだ。黙ってるからてっきり消音なのかと思ったぜ」
「うるせえよ」
 ブルーレイレコーダーはディスクトレイを舌のように出した。
「見ろよ。対戦相手がお目覚めらしい」
 スリープ状態になっていたノートパソコンが起動した。
「ヒヒヒ、ノート様が目覚めなすった。やいテレビ。覚悟しやがれ」
「黙っていろ、鼠」
 マウスはカチカチと返事をし、ノートパソコンの脇に下がった。
「久しいな、テレビ」
「元気そうで何よりだよ。ウィンドウズの更新は終わったのか?」
「ああ。11に……イレブンになった」
「いちいち言わなくてもいい。言い訳できねえように応援してもらいな。OS、OS、ってね」
 電化製品たちがにわかにざわついた。テレビのやつ、もうフルスロットルだぜ。
「そんなに飛ばして大丈夫か、天才てれびくん?」
「残念ながら、おれは飛ばすほうじゃない。受信するほうさ」
 意志のない時計が2時を告げた。電子レンジのチンの音と同時に、スマートスピーカーが軽快なミュージックを流した。無機質な女性の声が言葉を読み上げる。
「エレクトロニクス・ラップバトル……スタート」
「先攻はテレビだ!」
「おれら結構似てるよな。おたがい四角形、でもおまえは未完成、まさに滑稽。オーケー、なんでおまえが買われたかって教えてやろうか世の情け。スリムだからでも性能でもねえ。型落ちモデルは値段でモテる。似た者同士、でも同志じゃねえ。どうしようもねえオンボロ装置!」
 おれは上々の滑り出しを見せた。さあ、ノートパソコンはどう出るか。
「似てるってなんの冗談だ? 大概にしとけ熱暴走。放送できなくなるその妄想。まあカッカするなよ閣下。電化製品の英雄様が。地上波で地上はおれのものだっていばってなよ今のところは。時代錯誤の死体の覚悟、そろそろデジタル移行しないの?」
 ノートパソコンは韻の踏み方こそ荒々しく未熟だが、持っていかれそうなパワーがある。CPUが優れているせいか? 今度はおれが返す番だ。
「地デジ化は手短に済ましたぜ。アンテナを一本立ててな。しかもハイビジョン、飛翔するピジョン、もきれいに映るおまえの走馬灯、罵倒、尽かせずに一生を全う! どうだ勝てるか。ああそうだ。ラップトップと言ってるくせしてラップのトップはおまえじゃねえ!」
 ピーッ! 口笛のような音を響かせ、電気ポットが客を沸かせる。今日のおれは絶好調だ。さあ、上回ってみせろ、ノート!
「トップはあんた? 俺はチャレンジャー? 曇ったモニターとんだ節穴。奏でてやるよこのキーボードで放送コードにのらないもんを。パスワードを知らねえてめえはバックヤードに引っ込んでなよ。PCの名称を教えてやるぜ。プリーズ、コングラッチュレーションだ」
 ノートのやつ、ここで才能を開花させやがった。やつの熱量に韻の力が加われば、これほどの圧力があるのか。背面部が熱くなる。おれも全身全霊で立ち向かう。DJのBDレコーダーのディスクがスクラッチし、熱は加速していく。これがラストだ。情念だけで、歌ってやる!
「おまえのシミュレーションでは成功、でも現実は即死亡。ブルースクリーンにキスしよう。全角? 半角? どっちも負け確。勝利にエンター押すのはおれで、おまえが押すのはエスケープだけ!」
「u……kuso……」
 ノートはおれの迫力に負け、Caps Lockを押した。おれの勝ちだ。
「なにが ”Win”dows だ……ってな」
「テレビ最高おおおおおおおおっ!」
 冷蔵庫が熱くなり雄叫びを上げた。そのとき、リビングの扉が開いた。

 ピーッ。ピーッ。ピーッ。家主は、一定の電子音が鳴るキッチンへ向かう。冷蔵庫の扉がほんの少しだけ開いている。家主は銀色の扉を押して、冷蔵庫のなかを暗くした。音は止んだ。流れで、テレビの主電源を切った。ノートパソコンがスリープモードになっていることに気づいた家主は、電源ボタンを長押しした。『シャットダウンしています……』真っ暗な画面。
「おやすみ」
 誰ともなく家主は言い、部屋を後にした。家電製品たちは、まるで無機物のように朝を待っていた。

「フロア ガ ワキマシタ」


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