「起立、礼」をさせられた僕は心の底から嫌な気持ちになった
――この1年半、本当に心穏やかに、自由に生きることができていたのだなと、僕はその時思い知らされたのです。
仕事を辞め、無職になり、山奥の土地で一人孤独に小屋暮らしを今日まで続けてきましたが、残念なことにそれもそろそろ限界を迎えることになりそうです。
その理由は、山屋の過酷な環境に嫌気がさしたとか、一人が寂しくなったとか、街が恋しくなったとかそんなことでは全くありません。
ただ単純に、もう貯金が尽きかけているのです。
僕は無職になる以前、7年間公立小学校の教員として勤めてきました。その間頂いていた給料は、奨学金の返済や自動車の購入などちょくちょく消費はしていた物の、独身で恋人もおらず、大した趣味も無かった僕はその多くを貯金に当てることができていました。
だからこそ、山奥とはいえ3000㎡もの敷地面積の土地を一括で購入するだけの資金に加え、空き家の修繕、小屋の建築、防獣柵の設置等々の資材費までをも手出ししてなお1年以上無職のまま生活できるだけの貯えを得ることができていたのです。
しかし、それももう終わりです。
唯一の希望と思い頑張ってきたYOUTUBEチャンネルの方も終ぞ振るわず、何とか収益化まではこぎつけられたものの生活費を賄えるほどには至らず、結局僕はあと数カ月もこのままの状態が続けば破滅してしまうという状況にまで追い詰められてしまったのです。
こうなってしまってはもう働くしかありません。
そうして僕は、あれほど散々な目に遭った雇用労働の世界にまた再び出戻ることとなりました。
そうして、公立学校の非正規教員に応募し、つい先日その説明会に参加してきたのです。
そしてそこで、今僕の置かれている現実を思い知らされることとなったのでした。
なぜまた教員職に就こうと思ったのか
もともとなぜ僕が7年間も務めた教員職を辞めることになったかと言うと、担任しているクラスが上手く行かず保護者からのクレームも相次ぎ、結果うつ病になってしまったからです。
僕自身、あまり人に何かを教えるような立場は向いていないなとと教員になってからずーっと感じていて、7年間の間で何回も「もう辞めよう」と思った瞬間があって限界を感じていたので、うつ病になっていよいよ本格的に「自分にはこの世界は無理だ」と思ったので退職を決意したという流れだったのですが。
じゃあ、なぜそこまで散々な思いをして決別したはずの教員の世界に、非常勤枠とはいえまた応募する気になったのかというと……それは単純に自給が良すぎたからです。
2025年現在、最低賃金が時給1121円ということのようですが(←これですら僕がバイトをしていた頃よりめちゃ上がっててビックリした)、僕が応募した非正規教員の時給はなんと約2800円! 最低賃金と2倍以上の開きがあるのです。
それを知るまで僕は「あまり人と関わりたくないし、商業施設の清掃アルバイトでもするか……」と考えていたのですが、2倍以上は流石にエグすぎます。だって清掃アルバイトだったら週6で稼げる額を、1日当たり同じ時間だったら週3であっさり超えることができるんですよ。格差ヤバいですって。
それに、普通のアルバイトは大体街中にしか求人が無いですが、公立学校の職員であれば街中から外れた所でも職場があるので、ワンチャン僕の住んでいる場所に近い学校で働くことができるかもしれないというのも魅力の一つだったというのもあります。普通だったら「うわ、山奥の学校か……」となるのが僕だったら逆に有難いということになるので、それがむしろ強みになるかなと。
しかし、そんな安易な発想で飛び込んだ久しぶりの公立学校職員の世界に、説明会で早々僕は打ちのめされることとなるのです。
説明会で思い知らされた「自らの立場」
非正規職員には、正規職員と違って採用試験はありませんが、登録するために参加する「説明会」があり、その場で「面接」も個人ごとに行われます。
当然僕もそれに参加することになり、数年ぶりのスーツを引っ張り出し説明会へ向かいました。
イスとテーブルの置かれた講堂的な会場に到着し、開会の時間になった時、唐突に会場にアナウンスが入ったのです。
「起立!」
「は?」と思いました。
いやいや、説明会でしょ? 非正規職員なんだから、言ったら「バイトの面接」の延長線上にある物でしょ? 「起立」って何?
余りにも予想外の事態に、頭の中を「?」が支配し前後不覚に陥りつつも何とか立ち上がった僕の耳に更にもう一つ
「礼!」
と響き渡るアナウンス。
深々と頭を垂れる応募者たち、と僕。
いやいや、だから何で僕頭下げさせられてんの??
あんた達が僕の上司とかなら分かるよ。これが企業の入社式で、僕が給料を頂く側になっていて、そのために企業内の立場に沿った行動をしなくてはならないということであるならば、「起立」させられるのも「礼」させられるのも納得するよ。
でもこれってまだ説明会でしょ? 僕はまだあんた達の部下でもなんでもないだろ?
なのに何でいきなり命令されて「起立・礼」させられてんの????
その後のことにもう語る価値のあることは何一つありません。苛立ちやら悲しみやら絶望感やらで靄がかかった脳みそのまま、ただただ説明通りに登録用紙を記入して提出して、面接では当たり障りのないことをつらつらと喋って……そうして最悪な気分で僕はその場を後にしたのでした。
既に僕は「雇用されるために頭を足れなくてはならない側」の人間だった
家に帰って、山奥の僕以外誰一人いない小屋に籠って、僕は悶々とその日起きた事態について思いを巡らせました。
そして気付いたのです。この現代資本主義社会で、「雇用されて収入を得よう」とした時点でもうその人は、全ての「雇用する側」に頭を足れなくてはならない存在へと成り果てているのだという、当たり前の事実に。
会場内で「起立・礼」を命じた彼らは、僕より「上位」の存在であるということをただそれによって示しただけなのです。
なぜ彼らは僕より「上位」の存在足り得たのか……それは彼らがどうとかではなく、ただ僕自身が彼らと同じ土俵に立とうとしてしまったからに他なりません。
僕が「小屋暮らしでの独立した存在」を諦め、「雇用されて給与収入に依存する存在」へと「下りて」しまったからこそ、彼らを僕にとっての「上位存在」へと押し上げてしまったのは僕自身のせいなのです。
僕は、長らく他人との関りを断って小屋暮らしをすることで、そんな当たり前のことですら理解できなくなっていたのです。それこそ「起立・礼」を命じられただけでこれ以上ないぐらい不快な気持ちになり、一体どうしてそうなってしまっているのか理解することを拒否してしまうほどに。
それほど、この1年半の小屋暮らし生活はあまりにも穏やか過ぎました。
できることなら、そのまま一生穏やかな生活のまま骨身を自然の中に埋めてしまいたかった。
これで僕が今現在の自分の身の程を思い知った話はお終い。
もしも今回の非正規職員に無事採用されることとなったら、とりあえず1年は耐えて、節約してお金を再び貯めたいと思います。
今度こそその金で土地を開拓し尽くし、生活基盤を整え、自給自足の生活を実現させてみせます。
もう二度と、あんな屈辱的な「起立・礼」を味わうことの無いように。
