医シン戦争 第3話
カエル「神(シン)を乗っ取るのは大罪なり……とは言ったものの、どうしたもんかね?」
パレードを仕切る隊長らしきカエルが大岩から飛び降りて、イカワの元へと歩いてきた。周りは、あっという間に楽器を演奏するカエルだらけになった。楽器はラッパにドラム。アコーディオンやシンバル、クラリネットと多彩である。コーラスを歌う歌詞の本を持ったカエルたちもいる。
夢の中なのかとイカワは目をパチクリさせたり、頬を叩いたりするが、一向に夢から覚める気配はない。ジリジリと頬に痛みが走るばかりだ。不気味であり、玩具に囲まれる現実は酷く滑稽だが、怖がる余裕さえないのである
マエカワ「シンの言葉に耳を傾けるな!」
カチャ!
金属音が鳴る。マエカワはどこからか拳銃を取り出して安全装置を外したのだ。銃はイカワの前のカエル隊長の前に向けられている。
カエルは怖がる様子はない。片手で音楽を止めるよう楽隊に指示し、銃を向けられているにも関わらず「ここにもヒトがいたのか」と口をポッカリと開けるだけ。
マエカワの怒号にイカワは漸く自分の状況を理解した。目の前は唯の玩具ではない。人知を超えた訳の分からない化け物に等しいものだと。
イカワはそっとカエルから一歩後ろに下がった時だった。
パチン!
カエルが指を鳴らした。
イカワ「あ……あああ!」
シュウッと音と煙を立てて、マエカワは後ろに背負っていた男の子と一緒にカエルの玩具と成り果てて地面に転がった。マエカワと思しきカエルは眼鏡を掛けていて、男の子と思しきカエルは額にバッテン印の絆創膏が貼られていた。
魔術?手品?意味の分からないことが起こっている。イカワの足は竦み、そのまま地面にへたり込んでしまった。
カエル「さて、常識という鎖に固められた俗物は居なくなった」
イカワ「ひぃ……!」
イカワはカエルと目が合うだけで悲鳴を上げる。カエルは吸盤の付いた可愛らしい指で顎元を触りながら、もう片方の手を宙に上げた。
カエル「音楽は好きかい?」
カエルとまた目が合う。真っ黒の潤みを帯びた瞳だ。気持ちが悪いし、この状況では音楽が好きだろうが嫌いだろうが関係がない。イカワはブンブンと首を横に振るしかなかった。
カエル「こうも頭が悪い子供だと音楽も好きではないのか?困ったな……。仕方がない。私の好きな曲にしよう」
カエルは他の楽隊のカエルに指示を出す。楽隊は楽器を構えた。コーラスのカエルたちは慌ててページを捲って息を整える。
イカワの前のカエルが手を動かした瞬間に音楽は鳴り始めた。暗闇の洞窟はさながらコンサート会場へと早変わり。
演奏はイカワが知らないものだった。それもそのはず。人間には理解できない言語で理解できない旋律で演奏されているのだから。ただ幸せになれるような、楽しいような。怖く、悲しいような。足元が崩れてしまいそうな不安定さもある。
カエルは楽しそうに指揮をしていたが、イカワが怖がっているのを見ると徐々にやる気を無くして楽隊も何となく演奏しなくなって、音楽が終わってしまった。
カエルはまた顎元に指を置いてイカワの方へと向いた。
カエル「雅楽と讃美歌と、それから賛歌を組み合わせてみたのだが、頭の悪い子供には理解できなかったようだね。ううん、残念だ」
イカワ「お、おい……」
イカワは恐る恐る問うた。未だに転がったままのマエカワと男の子を震える手で指さす。
イカワ「オ、オッサンは……あいつらをどうするんだ?」
カエル「さぁ、どうしようかね。シンに逆らった大罪人だからなぁ」
イカワ「オッサンは大罪人かもしんねぇ……けど、男の子の方は関係ねーだろ」
カエル「いいや、あの子はね…」
カエルはパンパンと手を叩いて別のカエルを呼んだ。彼の手には黒いノートが。それを受け取ったカエルはペラペラと捲り始めた。
カエル「あの子は死ぬ運命だったけど、大罪人で寿命が書き換えられた。寿命の書き換えは人間がやってはいけないことだからね」
イカワ「意味分かんねぇ……」
医療行為は『寿命の書き換え』とカエルは言っている。つまり、運命を変える人助けが大罪ということ。
イカワ「いいや、おかしい……」
イカワは胡坐を掻き、腕を組んで考えた。怖い状況で頭が回らないはずなのに、この時ばかりはクルクルと思考が回る。額や首に冷や汗が浮き出て、地面をポツポツと濡らした。
イカワ「こんなの『人助け』全部が大罪になるだろーが」
カエル「というと?」
イカワ「た、たとえば」
イカワは地面の小石を避けて、砂地となったところに指で絵を描いていく。どれどれとカエルの隊長が覗き込み、周りにいた楽隊のカエルたちが集まって同じように覗き込んだ。
イカワ「たとえば、崖で知らないオッサンが歩いてたとする。すんげぇ荷物を抱えて」
カエル「ほうほう」
イカワ「そこに俺が偶々通りかかって、荷物を持ってあげたとする。んで、崖を通り抜けた直後……」
イカワは線で描いた崖の上に大きく円を描いた。崖の上から大岩が降ってきたという場面だ。
イカワ「俺らが崖を抜けた後に大岩が降ってきた。俺が荷物持ってあげたからオッサンはその分、崖を早く抜けられた。だから助かった」
カエル「ふむふむ」
イカワ「ふむふむ……って、あのなぁ」
カエル「それがどうしたんだい?」
イカワ「あ、ええっと。その……なんつーか。なんて言えば……」
カエルはイカワの話に飽きたようだ。地面の絵を覗き込むのを止めて、ペチペチと周りを歩き出した。
イカワは必死に頭を回して言葉を繋ぐ。
イカワ「だから、俺が助けたからオッサンは死ななかった。『俺』がオッサンの寿命を書き換えたんだ」
カエル「君は、あれだね。医療行為でなくとも、本質は一緒であることを言いたいんだね」
イカワ「そ、そう!」
ダダダダとドラムロールが鳴る。楽隊のカエルが鳴らしているのだ。隊長のカエルがドラムロールに合わせて、体をクルクルと回転させる。
ダダダダダダ……ダン!
ドラムロールが鳴りやむと同時にシンバルが一回鳴った。
カエル「正解!」
カエルの楽隊が楽器を手放して拍手したり、お互いに抱き合ったりしている。指笛を鳴らしたりするカエルもいて、コンサートのフィナーレのよう。
イカワはこの世界の矛盾に指摘しただけ。この矛盾を作ったカエルが「正解」と開き直るのは理解し難い。
イカワ「せいかいって……お前が作った矛盾だろ」
カエル「神(かみ)はいつだって慈悲があり、時には試練もお与えなさる。ヒトの世界に干渉し過ぎることなく、その力は絶妙なり。すばらしい」
イカワ「訳の分かんねぇこと言ってないで、何とかしろよ!この世界を」
カエル「出来ないんだよ。頭の悪い人の子よ。言っただろ。干渉し過ぎることはない、と」
イカワ「大罪を決めたのはお前じゃないってことか……?」
カエル「頭が悪い癖に察しは良いのだね。ヒトの子よ」
カエルはやれやれと溜息をつく。
カエル「何でもかんでもカミだの、シンだの。もううんざり。頭が悪いと本質を何でも混ぜこぜにする。そして自分で分からなくしてしまうのだ」
カエルはバッとイカワの方へ振り向いた。振り向いただけなのに、イカワの体はビクッと動いてしまう。
真っ黒な瞳がイカワの姿を見つめている。
カエル「イカワ。大罪人の子よ」
イカワ「な、なんだよ」
カエル「ヒトが間違えたのであれば、ヒトが正すべきだとは思わんかね?」
イカワ「ま、まぁ」
カエル「よかろう」
パチン!
カエルの隊長が指を鳴らした。その途端、イカワの意識はパチンと消えてしまった。イカワの体は消え去り、代わりに一体のカエルの玩具が砂地に転がった。
カエルの隊長はパンパンと手を叩いた。
「さて、このヒトの子らを運ぶぞ」
カエルの楽隊は音楽を鳴らしながら洞窟内を闊歩した。
しばらくしてイカワは目を覚ました。
イカワ「うぅ……葉っぱ?」
イカワの視界には葉が生い茂った木々とキラキラと光る木漏れ日が映っていた。ひんやりとした風が直ぐそばの洞窟から流れ出ている。どうやら洞窟の外へと放り出されていたらしい。
意識がクリアになっていくのと同時にイカワは飛び上がって、あちこち体中を触り回った。
イカワ「あれ?おれ、カエルにされたんじゃ?あっ、あのカエルは!?」
マエカワ「目、覚めた?」
イカワ「オッサン!」
玩具にされていたはずのマエカワは男の子を背負っていて立っていた。足元には、あの重いバッグもあった。マエカワもそうだが、男の子も無事に玩具から元の姿に戻っていた。
理解をとうに超えたカエルとの遭遇だったはずなのにマエカワはケロッとしている。イカワだけが慌てている状況だった。
イカワ「お、オッサン」
マエカワ「だから、マエカワだって」
イカワ「何ともないのか……?」
マエカワ「何ともって……?」
イカワ「だってカエルの玩具にされてただろ?」
何を言ってるのだろう、とマエカワは眉間に皺を寄せて首を傾げるばかり。人間が指パッチン一つで玩具にされるなんて、イカワでもおかしいとも思うが実際にこの目で見たのだから仕方がない。
「あ、いたいた!マエカワ先生!」
突然声がしたかと思えば、木々の向こうからスクラブを着た若い男性が歩いてきた。マエカワとは知り合いのようだ。
マエカワ「連絡遅くなってごめんね。カンザキ先生」
カンザキ「いいんですよ。それよりも大変でしたね」
カンザキはイカワに気が付いたようだ。笑顔で向こうから自己紹介をし始めた。
カンザキ「カンザキです。よろしく」
イカワ「お、おう。……って、え?」
カンザキの胸ポケットに目が行った。旧式の携帯電話が入っていたが、問題はそれではない。それに着いたストラップだ。
イカワ「カ、カエル……!」
ストラップはあのカエルの玩具だった。
