【エッセイ】第1回 日本の子育ての前提が崩れた日|前提がほどける場所で── インドで子育てをして知ったこと
全6回で綴る記録、そのはじまり。
第1回|日本の子育ての前提が崩れた日
0.5点を交渉する子どもたち
これは、インドで子育てをしていた12年間の中で起きた出来事である。
ある日、小学校1年生のふたごの子どもたちが学校から帰ってくるなり、「先生に点数のことで話をしてきた」と言った。聞けば、試験の答案について、0.5点分の加点を求めて交渉したのだという。
私は思わず言葉を失った。点数は、採点が終わった時点で確定するものだと思っていた。結果は結果として受け止め、次に向けて努力する。それが当たり前だと、疑いもせずに信じてきた。
しかし子どもたちにとって、それは特別なことではなかった。自分の考えを伝え、理由を述べ、納得できるかどうかを確かめる。その延長線上に、点数の話もあっただけなのだ。
私はその様子を、どこか落ち着かない気持ちで聞いていた。
ディベートが「授業」ではなく「生活」だった
インドでは、意見を述べることが日常に溶け込んでいる。授業の中だけでなく、友人同士の会話や家庭でのやりとりでも、理由を求め、立場を示し、言葉を尽くすことが自然に行われている。
学校ではディベートの授業があり、賛成でも反対でも、与えられた立場に立って主張を組み立てる。正解を求めるというよりも、どう考え、どう伝えるかが重視されていた。
インドの教育が優れているという話ではない。ただ、日本で当たり前だと思っていた「評価は受け取るもの」、「結果は動かないもの」という前提が、ここでは少し違っていた。
子どもたちは、その環境の中で育っていた。
模範解答がない――五里霧中だった私
インドでの学校生活が始まってしばらくの間、自分なりに試行錯誤を繰り返し、できる限りを尽くしながらも、私はずっと正解を探していた。どう関わるのが適切なのか、どこまで口を出すべきなのか。
日本で積み重ねてきた感覚は、ここではあまり役に立たなかった。人々は明るくて優しく、ママ友たちは親切だったが、誰に相談しても、「こうすればいい」と明確な答えが返ってくることはなかった。「そのままで十分だ」と。それは放置されているという感覚とも、少し違っていた。
外国での日常は大変なことでいっぱいだったが、何か特に問題が起きているわけではなかった。子どもたちは日々学校に通い、課題や行事をこなし、友人関係も築いていた。それでも、私の中には拭いきれない違和感が残っていた。
答えが見えないまま、私はしばらく同じ場所を行き来していた。「親としてどうすべきか」という問いだけが、宙に浮いたまま。
その違和感が、はっきりと形を持ったのは、ある日、学校で先生と話をしたときだった。
「そこまで細かくやらなくていいですよ」——私が手放したもの
あるとき、お迎えに行った学校で先生に呼ばれ、子どもたちの学習について話をした。私は、日本で身につけてきた感覚のまま、細かな進め方や改善点を確認しようとしていた。すると先生は、穏やかな表情でこう言った。
「そこまで細かくやらなくていいですよ。」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。私はずっと、先回りして整え、管理し、間違いが起きないように支えることが、親の役割だと思っていた。だがその姿勢は、子どもたちを守るためというより、私自身の不安を鎮めるためのものだったのかもしれない。
インドの学校では、親がすべてを把握し、調整し、導くことは求められていなかった。分からないなら、分からないままでいい。完璧でなくても、途中でもいい。子どもが自分で気づき、選び、修正する余地を、あらかじめ残しておく。そのために、大人は一歩引く。
そのとき私が手放したのは、やり方や方法ではない。「すべての手順を示さなければならない」という役割意識そのものだった。宿題の順番や提出のタイミングまで、私が先に整えていた。それまで当然のように引き受けてきた「正しさを先に示す役割」から、一歩引くことだった。
危険や越えてはいけない線まで手放したわけではない。ただ、答えを先に渡すことだけが、支える形ではないと知った。代わりに、揺れや失敗を含んだ時間を、信じて待つこと。
それは簡単ではなかった。しかし、その一言がなければ、私はずっと同じ場所に立ち続けていたと思う。
変わったのは私だった
その後、子どもたちは少しずつ自分で判断するようになっていった。何かを選び、うまくいかず、立ち止まり、また進む。私は、子どもたちが私を必要とするとき、すぐに支えられるようそばにいた。子どもたちは、そうやって日々を重ねていった。
そのひとつひとつは、今でも特別で、胸を打つものだ。だが当時の私の意識は、自分がどう関わるべきかという迷いの方にも向いていた。
口を出す前に、ひと呼吸おく。差し出したくなる衝動を、いったん脇に寄せる。「見守る」という言葉が、抽象的な理想ではなく、具体的な選択として立ち上がってくる。
思い返すと、親として何かを教えたというより、自分の前提がほどけていくような感覚の方が強く残っていた。
そしてその変化は、思いがけない場面で、さらに私の前提を揺さぶることになる。
【連載一覧】
第1回 日本の子育ての前提が崩れた日
第2回 答えを教えない学校
第3回 任せたつもりの場所で
第4回 親が守れない場所
第5回 もう一度、挑戦する
第6回 前提がほどける場所で
