「夜行性OLの世界」第二話
私は水戸芽衣子。二十五歳。埼玉県出身。東京都在住。蟹座。O型。OL。
私はこれまで三人の男の子と付き合ってきたが、大学一年生まで彼氏ができたことがなかった。
最初の彼氏は同じ大学のバンドマンで、音楽と漫画をこよなく愛していた。
<中略>芽衣子の好きなものが彼の好きなものに変わった説明
ステージに立つ彼の姿は、<中略>一人でとてもナイーブになる彼の姿は、身体が爆発しそうになるほど愛おしく、かわいらしかった。
彼の、はにかむときの唇の動きや、寄り添うと少し、タバコのにおいがする、ビッグシルエットのTシャツ、よく二人で行った映画館と、帰りに必ずよる、その近くのハンバーグ屋さん、それらは今でも鮮明に覚えている。懐かしいな、と、クスッと笑えて、少し寂しくなる。
あの頃の私は、このままずっと、彼と生きていくんだって思っていた。重たそうなギターを背負う彼の隣で、ずっと笑っているんだって、そう思っていた。
*
<中略>安住さんをお昼に誘ったが、会話に四苦八苦する芽衣子。
<中略>安住さんと少し打ち解ける。安住さんの表情にほっこり。
「あれ、芽衣子ちゃん?」
<中略>愛子ちゃんに話しかけられる。コンビニ袋にアイスが入っている。
「今日私のとこに来ないなって思ってたら、安住さんと昼ごはん食べてたの。」
愛子ちゃんは私に笑顔でそう言った。一瞬、しまった、と、首筋が震え、視界が揺らいだ。美沙ちゃんと茉莉ちゃんはクスクスと笑っている。なに、なになに、怖い。
「芽衣子ちゃん、最近できたテリマってバリ料理のお店知ってる?今日美沙と茉莉と行こうって話してたんだけど、芽衣子ちゃんも一緒に行こうよ。」
三人ともニヤリとこちらを見ている。でも、これはなにか、チャンスなんじゃないのか?私はみんなと仲良くしたいし、別に愛子ちゃんたちのこと、嫌い、ではないし……、断る理由も、うまいこと思いつかない。
「芽衣子さん行きましょうよぉ~~。」
茉莉ちゃんが袋を両手でプラプラさせながら言う。
「うん。いく! ありがとう!」
愛子ちゃんたちはにこにこ会社に戻っていった。遠くで茉莉ちゃんの、それはうける~、という声が聞こえて、少し不安になった。「本当に、行ってよかったのかな。」うるせえ、錦糸卵。
<中略>テリマのシーン。芽衣子は気が気でない。
「わたしこれに決ーめたっ。」
茉莉ちゃんがナシゴレンと、サテというバリ島の焼き鳥みたいなやつのセットを指さした。茉莉ちゃんは意外とこういう時、決断が速い。しかも手堅いものを頼む。
<中略>みんな注文しました。
「うわあ~おいしそぉ~!」
茉莉ちゃんはその愛らしい顔で、料理の写真を撮っている。「え~ハッシュタグどうしようかなぁ~。」この、ちっちゃい“あ”が、茉莉ちゃんを茉莉ちゃんたらしめるポイントだ。この、“あ”に限らず、茉莉ちゃんは母音なら、何でも小さくしてしまう。
<中略>普通の会話
「芽衣子さんも彼氏いない歴長いですよね~、モテそうなのにぃ~。」
いや、そんなことないよ~、と言おうとした瞬間、愛子ちゃんが笑顔で口を開いた。
「美沙、茉莉、トイレ行こぉ。」
え? なになに? どうして?
「あ、じゃあ私も……」
私がそう言った瞬間
「あ、芽衣子ちゃんはちょっと待ってて。」
と、愛子ちゃんが立ち上がる。美沙ちゃんと茉莉ちゃんも少し不思議そうに立ち上がった。身体が一気に冷え、心臓が委縮する。怖い怖い怖い、なになになに。
<中略>会話を反芻しながら恐る芽衣子。
やめろ、芽衣子やめろ。深く考えるな。大丈夫。心にいつでも王子様。
「ただいま~。」
愛子ちゃんたちが帰ってきた。
<中略>帰ってきたみんなは普通の会話をはじめる。意外だと驚く芽衣子。
「じゃあそろそろ帰ろっか。」
そう言った愛子ちゃんのスマホ画面が、チラリと見えた。誰かとのやりとり、かわいいクマの有料スタンプ。
<中略>帰ってきた芽衣子。音楽をかけて準備
鏡の中の自分は、薄幸な顔つきをしているが、それでも今日はいつもより少し口角が上がっていた。「かわいいは作れる!」と、自分に言い聞かせ、よし、と、気合を入れる
<中略>メイク中。
<中略>メイク中。
真っ赤なリップを唇にのせると、昼間の私とは明らかに別の顔をした誰かが、鏡の前でにやりと笑った。
<中略>芽衣子のワンルームの説明。母がデザイナーでトルソーがある。ドレスアップ。
今日は私がアメリアさんになるための大事な初日。これから、着替えた勢いそのままで夜の街絵飛び出すのだ。手始めにそうだ、うちの近くにできた、安いと話題のバーへ行こう。私はここから変身する。さなぎから出て、蝶になるのだ。
<中略>目当てのお店につくが、やはりビビる芽衣子。できる限りこなれた感じを演出。
暗めの店内が落ち着く。やはり私は暗いところが好きなのだ。
<中略>他の客を見る芽衣子。
<中略>注文し、お酒を楽しむ芽衣子。
<中略>地雷系っぽい女の子が泣いていて話を聞いてあげたいが、お節介か悩む芽衣子。
今現に、女の子が隣で泣いているのだ。話くらい聞いてあげよう。変わるんだ芽衣子。私はアメリアだ。
「大丈夫?」
<中略>
<中略>コンカフェキャスト(人気はない)のねこみちゃん登場。元彼のレオくん(ホスト)の話。
ねこみちゃんはレオくんのことを元カレと呼ぶとき、少し詰まった。飼い主を失った子犬のようにうつむく。
「レオくんと出会ったのは、お母さんが家に彼氏を連れてくるようになって、店も家も居心地悪くて限界だったとき。たまたまわたしのお店に来たんです。わたしはその時、ああ、またほかの子のお客さんになるんだろうな、わたしなんかが新規さんといっぱい喋っても、迷惑なだけだろうなって思って、レオくんの席にはあまりつかないようにしていたんです。でもレオくんは、『ねこみちゃんともっと喋りたいな』って言ってくれて、わたしが、『うそばっかり』って笑ってごまかすと、まじめな顔して……、ううん、って……、それから、『チェキ撮ろ』って、言ってくれて、最後……、店を出るとき……、『ねこみちゃんとは、またこれからも、会う気がする。これからずっと、ふたり一緒にいる気がする。』……、って……。」
<中略>泣くねこみちゃんに、なんて声をかければいいかわからない芽衣子
<中略>付き合ってから頻繁にねこみちゃんをお店に誘うレオくん
「お店以外であまり会えないし、助けるのももう無理」と言うと、レオくんは「売り上げがヤバいのはねこみちゃん以外と店外してないからだし、ねこみちゃんと会ってからは、枕も色恋営業もしてないから」とはぐらかされた。
水族館に行く約束をしていた日、ねこみちゃんは朝早くから化粧をし、服を一時間近く悩み、お弁当を作ってレオくんの家に向かった。でもレオくんはその日とても病んでいて、「今日、行くのやめよう……」って。そのままねこみちゃんは玄関で泣き、「わかった。」と言った。お弁当は、一人で食べた。それでも、ねこみちゃんはレオくんのことが大好きだった。宇宙で一番、愛していた。
<中略>もう死にたいと言うねこみちゃん。
「私も昔、同じようなことあったよ。彼はバンドマンで、<中略>そのときは死にたかったし、彼の家から、泣きながら荷物をまとめた日のことは、今でも覚えてる。でも、今になって、死ななくてよかった、散々な恋愛だったけど、彼と出会えて、付き合って、よかったなと思ってるよ。あの時流した涙は、私の生きた証なんだよ。つらいことも楽しいことも、それらが思い出になったとき、生きた証になって、いつか私たちを助けてくれるんだよ。今は死ぬほどつらいけど、その思い出は、あの時の涙は、この世でいちばん綺麗な、宝石になるんだよ。」
だから、もうすこし、あと一歩、前向きに生きてみて、と、ねこみちゃんに言うと、彼女は泣きながら、私に抱きついた。服に染み込む彼女の涙は、もう、かなしみだけの透明では、なくなっていた。
<中略>涙の描写
もう二度と、この子がつらい思いをしませんように。私はひそかにそう願った。
暗めの店内にビールのサーバーが音を立て、黄緑のネオンが店を彩る。帰り際、「じゃあね」と席を立って、バーの分厚いドアを開けようとすると、ねこみちゃんは、
「そういえば、お名前……、」
と言った。振り返ると、顔にネオンの黄緑があたる。
「ん~、アメリアよ。またね、ねこみちゃん。」
*
ある日、いつものようにふたりで、シングルベッドで寝ていると、彼はとても言いにくそうに、
「やっぱり……、別々で、暮らそう。」
と言った。私はその瞬間、驚きも、目の前が真っ暗にも、ならなかった。ああ、とうとう来たか。と、冷静に、ただただ、涙があふれた。この家で、ふたりで毎日夜遅くまでゲームしたこと、よく近くのお店に、お酒とおつまみを買いに行ったこと、いろいろあったなあ。と、記憶が走馬灯のように流れ、涙があふれて止まらなかった。こうやって、ふたりで同じ天井を見つめることも、キッチンで笑いあうことも、もう、無いんだ。楽しかったなあ。本当に、楽しかった。
私は彼のその言葉を聞いたあと、黙ってキスをした。覆いかぶさるように。これが最後のキスで、私が今まで彼を好きだったぶんだけ、めいっぱいキスをした。涙があふれてしょうがなくて、気づくと彼も泣いていて、ふたり何も言わないまま、号泣しながら、キスをした。
