今日の1200字小説「こんな奇跡」
仕事から帰宅して、夕飯の仕度をしていると、ひょこひょこと同居人が近寄ってきた。
「え?夕飯作ってくれるの?買い物はお願いしちゃったけど、わたし作るよ」
「仕事は大丈夫なの?」
在宅ワークだった同居人は、仕事が立て込んで外出ができず、夕飯の買い出しを私に任せていた。
「ちょうど終わったトコ。ねえ、なに作るの?あ、カレーだ!」
エコバッグから出したものの中にカレールウが含まれていた。
「これは明日の分。明日も私が夕食当番だから、今日のうちに煮込みはじめようと思ってね。今日は野菜炒めと鶏肉のソテー。野菜は明日とかぶるけど我慢して」
「ぜんぜんオッケー、ありがとう」
本当に屈託がない。さっき自分が作るよって言ったのも忘れていそうだ。
「あ、デザートもあるから、あとでね」
「わー、楽しみ!」
そう言ってニコニコしながら洗濯物を畳み始めた。
食事を終えて、私が買ってきた白桃ゼリーを二人で食べる。ソファーに横に並んでゆったりする時間だ。今日の出来事を私から話し始めた。
「今日さ、満員電車から押し出されるとき、あー、これゼリーみたいだなーって思って、ゼリー買いたくなったんだ」
「あはは、なにそれ。めっちゃわかる」
こんな変なこと言っても、こいつはわかっちゃうんだよな。
「これ、ちょうどこのひと口サイズでしょ?これを指でぎゅーって押し出すときの、押し出されたゼリー!これが人間!気持ち悪〜い」
また豪快にあははと笑い転げる。この瞬間以外のどこに人生の真実があろうか。
「わたしはね、そう!今日通り雨あったじゃん!あのときLINEありがとね。そのときコンビニにいたんだけど、ダッシュでウチ帰って、急いで洗濯物取り込むじゃん、そしたらカップ麺がもうふやっふやでー…」
こんな失敗も、二人で話せば笑いの中に溶けていく。
「で、午後になったら雨が止んだじゃん。そしたら部屋の中がシーンとなって、やばい、静かすぎる!って思ったの。で、あ、ごめん、レコードプレイヤー借りちゃった!」
「いいよ、使い方わかった?なに聴いたの?」
「これ!コルトレーン!もうめっちゃ良くて、すっごいデザインの仕事はかどったの!そしたら…」
コルトレーンで仕事が捗るとは、本当に波長が合う。ん?捗った?それでも終わらないほど仕事が詰まってたのか?
「そしたら、上司に指示されたのとぜんぜん違うデザインができちゃって!もうJAZZじゃん!ってなって」
私も一緒になって笑い転げた。それで作り直して時間がなくなったのか。
「ねえ、こういう日って奇跡みたいな一日だと思わない?」
急な一言に時が止まる。いきなり妙にロマンチックなことを言う。それはカップ麺がふやけていたこと?それともコルトレーンに出会ったこと?
でも、
「…そうかもしれないな。こんな奇跡みたいな日が、また明日も訪れるように、そう願って眠れたら幸せだな」
「ちょっとクサくない?」
「お前が言い出したんだろ」
あはははは、と体をそり返らせて大笑いする。
「上司といえば、今日、取引先が上司連れてきてさ…」
こんな奇跡みたいな一日を、もう一度。
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