ショートショート「演技が上手」2000字
ミナコは演技が上手い。お芝居の話じゃない。人生の話だ。
「あ、それ新しいやつじゃん。Eichiのチョコレート。一個ちょーだい」
ミナコは一緒にいた女子の一団から飛び出して、俺たちが座っているテーブルに突っ込んできた。そしてタケルの持っていた箱からチョコレートを摘んで自分の口に放り込む。そしてイタズラっぽい顔でニヤニヤする。
「ちょっおい!勝手に食うなよ」
タケルは抗議の声を送るが、本気で怒っている風ではない。
「おいひ〜、ありがとね〜、これあたしも買おー」
チョコレートを口に頬張ったままタケルの元を離れ、ミナコはまた女子の一団の中に溶け込んでいった。その様子をタケルはずっと目で追っている。彼女が見えなくなるまで。
「タケルどした?またミナコに心奪われちゃったか?」
マサヒロは遠慮なく人の心に踏み込んでくる。
「ばっ。ちげーよ。ムカついただけだよ。勝手に人の取ってって」
「そうは見えなかったよ? まあこのクラスでミナコに惚れないってのも無理だよなぁ」
マサヒロは訳知り顔で語り出す。チラッと俺に目配せをした。マサヒロ、気持ちはわかる。
「え? あいつそんなにモテるの?」
タケル、狼狽が隠せてないぞ。
「なに焦ってるんだよ。全員かは知らんけど、俺も惚れてるもん。ミナコに」
ブフーっ、と俺は思わず吹き出してしまった。いきなりそんな告白するか。男友達とはいえ。
「わ、ちょ、カイト、お前までなに動揺してんだよ」
「え?なにカイトもなの?」
二人から責められて、俺ははぐらかすのに必死になった。
「いや、だってマサヒロがいきなり告白するから…ゴフッゴホッ」
俺はむせ返ってなんとか難を逃れた。タケルとマサヒロは互いに顔を見合わせていた。
「本当に演技が上手いよな、ミナコは」
私はさっき起きたエピソードをあかりに話して、こんな言葉で結んだ。倫理学概論の講義で隣になるあかりはサバサバとしてあまり女子たちとつるまない。
「で、あんたはどうなのよ。そのミナコの演技には引っかからないってわけ?」
「引っかからないっていうか、男子みんなに同じ態度なんだから、チヤホヤされたいだけだろ?」
あかりは組んだ足を指で叩いて顔をしかめる。
「あんたは惚れてないのかって聞いてんの」
なんだよあかり、やけに突っかかってくるな。
「演技ってわかってるんだから、惚れるもなにもないだろ。向こうは俺らのことなんとも思ってないんだぜ?」
「ったく…、俺らじゃないでしょ」
あかりはイライラを隠さない。
「は?」
あかりの態度にこっちも腹が立ってきて、思わず口走る。
「あきれた…」
あかりは目を伏せ、そっぽを向きながら吐き捨てた。
ミナコはパッと見もカワイイし、みんなを惚れさせるぐらいだから人当たりもいい。でも彼氏がいるって話は聞いたことがなかった。引く手あまただろうに、特定の誰かと付き合うより男子みんなにチヤホヤされたいのか、人気がありすぎて男どもが牽制し合っているのか、傍目にはわからなかった。
「あ、カイトじゃーん! いまひとり? 隣座っていい?」
自習スペースでノートを開いていたらミナコが現れた。相変わらずグイグイ来る。でも俺は騙されない。
「カイトってー、確かカテキョーのバイトしてたよね! 週どのぐらい入ってるの? 時給っていくらぐらい?」
「え? なに家庭教師に興味あるの?」
家庭教師なんてでき……、やりそうに見えないけどな、ミナコ。
「今は週3で一人の子を見てて…」
「え〜、マンツーマン? それって男の子? 女の子?」
そりゃ家庭教師なんだからマンツーマンだろ。
「一応、女の子…」
一応ってなんだ。言っておきながら自分でツッコむ。
「きゃー! カイトとマンツーマン? 私もカイトにカテキョーやってほしかったなぁ」
やめてくれよ、何のつもりだ。耐えろ俺。
「何言ってんの?」
「じゃあ、今度私にも勉強教えて? 第二外国語! フランス語でしょ?」
「はいはい、今度な」
「んもう、教える気ゼロなんですけどっ」
ふくれた顔もかわいい、いかんいかん。
「なあ、どうやってミナコのこと落としたんだよ?」
数日後、学食にいたらタケルとマサヒロが唐突に切り出した。
「何言ってんだよ。お前らといる時と態度変わんないだろ。あいつはみんなのミナコだよ」
「お前それ本気で言ってんのか?」
「え?」
「ミナコ、お前以外の男子のバイト先知らないぜ? 家族構成も、高校の部活も、第二外国語も、ミナコから何にも訊かれたことないぜ」
ミナコが俺だけに興味があるって言いたいのか。
「おいおい冗談だろ、そんな手には乗らないよ。ミナコに何か頼まれたのか?」
心臓が波打っている。成功したのか。
「ふざけんな。はたから見れば、ミナコはお前にぞっこんだよ」
俺の、俺のミナコに興味がないフリをする演技が、ミナコに届いたのか…!
どうやら俺は、演技が上手いらしい----
