きっと「無対立」農業しか残らない
最近、めっきり記事を書く気が失せてしまいました。理由はハッキリしています。ちょっと人間社会に飽きてきたからです。
以前、こんな記事を書きました。
人類というものが、今のまま存続すると考える必要はありません。そろそろホモサピエンスではなく、「別の種」に進化をしていってもいいように思うのです。それを「神人」という言い方をするかどうかは、勝手です。
どちらにしても、こんな争いだらけで、片方はめっちゃ支配したがっていて、片方はめっちゃ支配される(家畜になる気満々)ような状況にあって、自分たちも「彼らと同じ人類」などと考える必要はないと思います。
今の人類、相当にレベルが低いです。
人類は、空間(3次元)+時間(1次元)の4次元生物として、立派に成立しているとは思います。しかし、そこだけに収まっている人類は、所詮、その次元に収まるだけの生物でしかありません。
我々が、当たり前のように認識している次元から、さらに高い次元の存在について、仮説でも構わないので、念頭に置いておくくらいでないと、現存人類の枠を出ることはできません。
さらに、こんな記事も書きました。
しかし、このおサルさんの皮を被って、おサルさんなりきって、そのなかに紛れて生活してみることを想像してみるのです。おサルさんの皮を被れば、彼らと言葉を交わすこともできます。
そうしたら、ここに登場してくるおサルさんも、きっと違ってみえてくるはずです。
この記事を書いたのは、3年前です。そして3年間、次元の低い人類を相手に「(人類)なりきりサファリパーク」で遊んできました。しかし、さすがに飽きました。
念のため、言っておきますが、今の人類社会のなかに溶け込んで、今の人類のまま生き抜くという道もあると思います。むしろ、それが普通の道でしょうし、大多数の人々が選ぶ道なのかもしれません。
けれども、今の次元の低い人類は、「食うか食われるかのゲーム」を始めてしまっています。そのゲームのなかで生き抜こうとするならば、完全なる支配者側(食う側)にならないと、きっと大変なことになるでしょう。
物価高だの、食料品の高騰だの、高い税金だの、そんなことに悩むなどは論外です。そうした大多数の人々にとっての悩みは、完全なる支配者側(食う側)が仕掛けているものであり、むしろ、そうした社会情勢を操るくらいでないと、「食うか食われるかのゲーム」では勝ち残っていけません。
※そんなの陰謀論だという方々は、その自分の信念に基づいて生きられればよいと思います。それについて、いちいち異論を述べるつもりもありません。
なので、私はこっちの「(人類)なりきりサファリパーク」での遊びは、ほどほどにしてました。なんなら、それをひっくり返すための仕掛けづくりもやっています。しかし、日々の生活としての「人類ごっこ」は、そろそろ飽きてきたので、ちょっと違うことに目を向けようと思ったのでした。
そして、今年はこれをやってみようかと考えています。
動画のなかで、「そして翌年、あなたはさらに多くの肥料を買わなければならなくなる。これが、業界が作り上げた完璧な搾取のシステムです」と語る部分があります。これはまさに、現人類の「食うか食われるかのゲーム」について語っているところでもあります。
とても興味深いです。そうした搾取のシステムは、農業に限らず、今の人類社会のあらゆるところに存在しています。
正直、私の素人農業も、そうした社会システムから抜け出したいと思っていました。しかし結局、ホームセンターでいろいろな資材を買わなければいけない状況にありました。
けれども、例えば上の動画で語られている通り、段ボールを活用することによって、これまでホームセンターで買っていたような肥料を使わずに、肥沃な土壌を得られるのであれば、脱・現代社会に向けた一歩になります。
それが本当ならば、今年は全然違うアプローチで農業が始められそうです。
さらにこのチャンネルでは、こんなことも言っています。
トマトの横にバジルやマリーゴールドを植えることで、特定の害虫の嗅覚を狂わせ、農薬を一切使わずに野菜を守り抜いていたのです。虫を「殺す」のではなく、虫を「迷わせる」。自然と対立するのではなく、自然のシステムをハッキングして味方につける。
害虫や自然と敵対するのではなく、それらを迷わせたりしながら、結果として自分の味方につけていく・・・まさに合気道のような考え方です。
キーワードは「無対立」、対立しないということです。
なるほど・・・生き方や社会との向き合い方に、合気道的な「無対立」は常々考えていましたが、農業においても、その「無対立」が実現できるというのは、とても試し甲斐のあるテーマではないかと思います。なんなら、将来的には、これしか残らないような気すらしてきます。
レベルの低い人類の皮をかぶって、「なりきりサファリパーク」を楽しむのも結構です。しかし、そんなものはほどほどにして、ちょっと自然を相手にいろいろ試してみるのはどうでしょう。そうして生きていく結果として、ホルムズ海峡がどうだの、そんなくだらない社会情勢に振り回されない人生になっているかもしれません。今年は、とくにそういうことを試してみる価値がありそうで、なかなかに面白そうです。
