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超正統派・日本人でいく!?

憲法審査会で、緊急事態への対応などに関する議論が行われたようです。

憲法改正をめぐって、17日の衆議院憲法審査会で、自民党が大規模災害などの緊急事態に国会の機能を維持するため、議員の任期延長を議論すべきだと訴えたのに対し、立憲民主党は、改正の手続きを定めた国民投票法の見直しの議論を優先すべきだと主張しました。

NHK NEWS WEB
「衆院憲法改正審査会 緊急事態への対応など自由討議」
2022年3月17日より引用

この報道によると、憲法改正に関連して、緊急事態時における議員の任期延長国民投票をめぐる議論がなされたようです。

今後、この議論がどのような展開になるか分かりませんが、注意深く見守っていく必要があると思います。

義務的な協力
手伝ってくださいということを、指示というかたちでできるようにすることは、全体の利益を考えた場合には、非常に有効な手段であろうと・・・」

この番組がまとめられたのは、コロナ騒動の前です。当時は、東日本大震災などの大災害を視野に、このような議論が行われていたようです。

憲法改正の必要性について、大災害時には、民間人にも「避難の誘導」や「炊き出し」のお手伝いをお願いするという話が持ち出されています。そんなことを義務化するために憲法改正するの?という感じです。

正直、この時だったら「へぇ、そんなことのためにやる?」くらいの印象だったかもしれません。

けれども、今の政府を考えたら、憲法改正は完全にNGです。何故なら、今の政府が、国民のために存在しているとは、到底思えないからです。

そんなわけで今、私は政府に対する信用完全に失っている状態にあります。今の日本政府は、私たち国民のために存在しているのではなく、私たち国民を殺してでも、他の誰かのために奉仕していると考えざるを得ない状況にあると思えてなりません。

「民の信用を失った国家の行く末」より引用

今の政府は、とてもではないですが、国民のために存在しているとは思えません。むしろ、国民生活を困窮の淵に追いやり、みようによっては国民を死に追い詰めてでも、他の目的のために事を進めているようにみえます。つまり、政府の存在自体が、私たちにとって害悪である可能性があるのです。

例えば、ワクチン。これについては、もうしばらく待ってみましょう。徐々に、真相があきらかになってくると思います。

「重要なのは血栓が形成された時期です。肺動脈を塞いだのが、以前から体内に存在していた血栓ではなく、亡くなる直前に生じたものであれば、ワクチンが影響した可能性は高い
ここで鈴木氏が着目したのは、亡くなる直前の男性の状況だった。
ワクチン接種後に息切れや体調不良を訴え始めたのであれば、「その頃から血栓が剥がれ始め、肺への栓塞が始まったと考えるのが妥当

デイリー新潮
「接種後死亡者の死因に「コロナワクチン」 法医学の権威が明記した理由…補償金4420万円の初適用となるか」
2022年3月16日より引用

当たり前のことですが、こんな話、政治家や官僚が知らないわけがありません。当然、知っててやっています。私たち一般人なんかよりずっと多くの情報を持っているし、当然、イベルメクチンなどの薬の効果も知っているはずです。つまり、確信犯なのです。

そうした人々によって構成されている政府が、今、私たち国民の生活を守ると言っているのです。そんなの到底、信じていられません

ましてや、そんな政府が憲法を改正して、私たち国民に「義務的な協力」を強いてくるなんて、受け入れられるはずもないです。

こんなガバガバの茶番をダシにして、まん延防止措置だの、緊急事態宣言だのと騒ぎ立てて、国民の生活を縛る政府に、これ以上、私たちの生活をかき乱させるわけにはいきません

そんな政府が憲法改正して、緊急事態条項に基づいて行動制限?

聞いてられないです。

仮に憲法が改正されて、その憲法をもとに私の行動の自由を制限するというのであれば、私はキッパリ日本国民をやめます(笑)。

今、私の日々の行動は、未来を生き抜いていくために必要な準備であり、それを邪魔されるわけにはいきません。私にとっても、生き死にがかかっている問題です。

もはや小さな戦争ですね。

私は、日本人ではありますが、そんな政府は認めないし、そこが管理している日本なんて国も認めんです。(なけなしの)財産は没収され、収容所に送られるとしても、私が生き抜くために必要な行動の自由を奪うというのなら、こちらも命がけにならざるをえません

不服従と非暴力を貫いた、小さな戦争をするしかなくなると思います。

そもそも、日本という国に関して言えば、天皇の正統性だって疑わしいところです。

近くは明治維新時、少し遡って室町時代、さらに突き詰めれば飛鳥時代の時点で、天皇の正統性は揺らいでいる可能性があります。それを妄信するほどバカではありません

それだって、私の行動の自由を奪わない限り、黙っていてやってもいいと思っています。例えば、マスクくらいなら、我慢して付き合ってやります

けれども、越えてはいけない一線を越えてくるというのなら、こちらも黙っているわけにはいきません。徹底的にやったります。

私、日本人だけど、その「日本」なんて国は認めんですよ。

そんな話をしていたら、こういうのと被るのではないか?という指摘もあり、ちょっと笑ってしまいました

ユダヤ人ながら、ユダヤ人国家であるイスラエルを認めない「超正統派」と呼ばれる人たちです。

うん・・・そんな感じかも(笑)。

そうなったら、この記事に書いたことを地でやっていきます

個人が集まって、その集まった結果として国家があるだけです。そこに主従関係があるとしたら、どちらが「主」で、どちらが「従」であるかは言うまでもありません。個人が「主」に決まっています。
そうした主従関係を踏まえたとき、国家が、個人が生きるために必要な自由の権利を奪うなどということは、あってはなりません。ましてや、その大義名分が「あの茶番」だなんて、もってのほかです。

「国家の前に個人あり」より引用

国家の方が個人よりも優先されるとか、そんなことを許容できるはずもありません

でもま、まだ憲法改正されているわけではないし、もう少し様子見です。

はてさて、どうなることやら・・・。


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