クリスマスを楽しみましょ
クリスマス、一般的にはイエス・キリストが生まれた日という認識だと思いますが、そうでないという指摘がたくさんあります。
例えば、こういう動画に出てくる話。
クリスマスは、異教徒(キリスト教徒以外の宗教)によって仕組まれたものであり、それらは悪魔崇拝につながるというものです。
このテーマ、クリスチャンの方々は、真剣に向き合わないといけない問題かもしれません。
けど私、クリスチャンでもなんでもないです。とくにこれといった宗教を信仰しているわけではありません。敢えていうなら、「自分教」です。
「自分教」では、自分自身が神様なので、「自分教」に入信されたら、その瞬間、自分が教祖様みたいなものです。でも、信徒は一人もいません(笑)。
「一人一人が神様たれ」というわけですから、自分自身が神様であると同時に、ほかの人たちも皆、神様であることを認めるということになります。
ここにもまとめた通り、神様になるためには、それなりの条件はあると考えます。
しかし、誰にでもできることです。一人一人が神様になるということは、十分に可能だと思っています。
話をクリスマスに戻しますが、イエス・キリストという人物も、実はそういうことを言いたかったのではないかと思ったりしています。
一人一人が「神様」というくらい尊いものであり、それにふさわしい本質を備えていると考え、それを信じていたように思うのです。まさか、自分の名前を冠した宗教ができあがり、救世主などと呼ばれ崇め奉られ、世界中の人から誕生を祝われる・・・。
もしご本人が現世に蘇って、今の世界を見たら、「ちゃうねん、そうじゃないねん。わしなんて、どうでもえーねん。皆がちゃんとせなあかんねんで?(謎の関西弁)」・・・そんな風に思うんじゃないかな?などと勝手に思ったりしています。
ま、本当のところはよくわかりません。
いずれにせよ、宗教というかたちにしてしまうことで、物事の本質から離れてしまう部分というのは、ある気がしてなりません。
そして、クリスマスがキリスト教のものなのか、キリスト教にとっての異教徒に仕組まれたものなのか、真剣に考えなければいけない立場の人は、真剣に考えていただくのがいいかと思います。
あるいは、関心があるので詳しく調べてみたいという人は、いろいろと情報を集めてみるのもいいでしょう。いろいろと新しい発見があるかもしれません。
けれども、キリスト教徒でもなく、教会などとも一切のかかわりがない私にとってのクリスマスは、なんとなく楽しい気分で、美味しいケーキを食べる日・・・みたいな感じです。
うん?砂糖はよくない?あー、そういう話もありますね。ま、そこんところは、ちょっと大目に見てください。
とにかく、そんな感じです。いろいろ大変な時代にも突入してしまっているみたいですし、「楽しめるものは楽しむ」、それでいいように思うのです。
無思考な能天気と思われるかもしれませんが、今のところ、私はそんな感じでいきたいと思っています。
