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kosuketsubota
本当にあった怖いごはん | 創作料理というもの
彼女は料理上手だ。
仕事は栄養士で、味のバランスも、火の入れ方も確か。時々、彼女の家でホームパーティーが開かれる。
ポテトサラダは絶品だった。
塩辛も、市販品とは別物だ。
素材の扱い方を知っている人の味がする。
だから、誰も疑わない。
ただ、必ず一品だけ、変な料理がある。
🍳
それは「失敗作」ではない。
焦げてもいないし、味が破綻しているわけでもない。むしろ、きちんと作られている。
島らっきょうのアヒージョ。
油の温度も、香りの立ち方も申し分ない。
にんにくも、唐辛子も、正しい。
ただ、島らっきょうが、ずっと島らっきょうのままだ。
さつま揚げのバター塩昆布炒め。
旨味はある。技術的なミスは見当たらない。
なのに、箸が二度は伸びない。
味は成立している。
だが、意味が分からない。
🍳
彼女は楽しそうに説明する。
「これ、創作レシピで」
「応募用なんだよね」
その瞬間、私たちは理解する。
これは評価される前提の料理なのだと。
誰も「美味しい」とは言わない。
かといって「不味い」とも言えない。
技術があることを、全員が知っているからだ。
皿の前で、言葉だけが行き場を失う。
🍳
彼女の料理は、基本的に正しい。
栄養も、味も、構成も。
だからこそ、創作だけが浮き上がる。
あれは料理ではなく、アイデアを食べさせられている感覚だった。
美味しさの代わりに、狙いが舌に残る。
🍳
パーティーの終わり頃、
皿の上には、その一品だけが残っている。
誰も片付けようとしない。
彼女自身も、あまり手をつけない。
次に会ったとき、その料理の話題は出ない。
応募の結果も、聞かない。
ただ、次のパーティーでも、
また一品だけ、確かな技術で作られた、
微妙な料理が出てくる。
それが、彼女の創作だった。
