100分並んで10分で終わった憲法審査会傍聴記(初)
2026年5月20日に行われた参議院の憲法審査会傍聴について、現地参加者150名のうちの1人としてレポートをお届け。まず始めに、傍聴に至った経緯から。傍聴レポだけで良い方は目次から2章へどうぞ。
1. はじめに:なぜ私は「傍聴」を選んだのか
2026年2月28日、米軍がイランを攻撃し、世界の石油消費量の2割が通るホルムズ海峡が封鎖された。国内需要の9割を占める中東産の石油が日本に入ってこなくなる。トランプが始めた大義のない戦争に、世界中が巻き込まれた日。
すぐに3月が来た。X(Twitter)で専門家の解説を漁ってみても、高市政権が言う「中東以外からの代替調達」が上手くいくとは思えなかった。世界中で石油が不足するのに、そう都合よく調達できるなら最初から日本は中東にここまで依存していないはずだ。
中東の石油関連施設も攻撃を受け、すぐに休戦して封鎖が解かれても事態の収束は容易ではない。備蓄が潤沢な原油と違い、ナフサやLNG、アドブルーなど備蓄が脆弱な資源の情報も入ってきた。物流、医療、建築、ゴミ処理、水道、電気…代替調達やイランとの交渉が進まない場合、インフラが束になって詰むかもしれない。
生活への影響が着々と迫る中、周囲は何事も無かったかのように日常を送る。私の頭がおかしいのか?ただ不安が募っていった。
4月。8日の国会前デモで、初めて路上に立って政府に抗議した。
このままでは無策な政府に日常を壊されると思うと居ても立っても居られなかったが、デモに行くことで精神を安定させる術を学んだ。
遅々として進まないナフサ不足対策だけでなく、着々と戦争準備を進める高市政権のニュースが毎日の感情を激しく揺らす。
12日、高市首相は自民党党大会で「『改正の発議にメドが立った』と言える状態で来年の党大会を迎えたい」と宣言。首相は2012年の自民党憲法草案を理想とし、自衛隊の国防軍化を視野に入れる。
私は小さい頃から反戦を訴える手塚治虫漫画やジブリ作品、はだしのゲンに触れて育ってきた。国の都合で人生も、社会も、文化もめちゃくちゃになるのは絶対に嫌だ。
戦争への不安と恐怖で休日を楽しめなくなり、週に何度もデモに通って感情を発散し、護憲や反戦の意思を持つ人たちと連帯した。
久々にクラシックコンサートに行ったが、まったく楽しめずに終わった。
— たっつー@壊憲反対 (@kizuki11674) May 8, 2026
「こんな会をいつまでやれる?」
「こんな音楽をいつまで聴ける?」
「開戦したら観客の何割が徴兵される?」
芸術や文化は、具体的に弾圧される前から戦争の前触れに殺されている。#せーので言ってこ戦争反対
5月に入り、3日の憲法大集会を契機として自らスタンディングを企画するようになった。3日に大空こうき事務所前、5日には中央線沿線3駅、8日から日比谷公園で週2回。プロテストが特別なものではなくなり、日常の中に溶け込んでいく。
高円寺駅北口!
— たっつー@壊憲反対 (@kizuki11674) May 5, 2026
集合写真を撮った後にも「立ってる人がいたから」と1名来てシッティングされてました♪
かわいい猫のプラカをライブドローイングされた方も!#山手線一斉スタンディング#中央線スタンディング0505#デモはごっこ遊び#改憲反対 pic.twitter.com/a6yLyG3C6L
そんな中、れいわ新選組の奥田ふみよ議員がハッシュタグ「デモと傍聴はセット」でポストしているのを見た。国会の外から声を上げるだけでなく中に入り、「政治家に圧力をかけるために、傍聴席を主権者で埋め尽くそう」という言葉が、私の背中を強く押した。
すでに行われた傍聴企画では、主権者の傍聴が増えたら居眠り議員が減ったらしい。どんな現場にせよ一度は行ってみたいと思い、20日の憲法審査会の傍聴を申し込み、運よく当選した。
今回の憲法審査会、傍聴のハードルは高かった。奥田事務所経由では421名もの応募に対し、当選枠はわずか150名。倍率は約2.8倍である。
これほど多くの市民が、平日の昼間に万障繰り合わせて永田町へ向かおうとした事実。これこそが、暴走する政治に対する主権者の怒りと監視の意志の現れと言える。
国会議員に直接その姿を見せつけ、議場で監視の目を光らせる。そんな期待と緊張感を抱えながら、私は参議院別館へと足を進めた。
2. 入場列と社会科見学
12:25、参議院別館前に到着すると、すでに長い列ができていた。
12:40、その列の脇を社会科見学の子どもたちを乗せたバスが通り過ぎ、中から10歳くらいの児童がゾロゾロと降りてきた。
規律正しく館内へ入っていく背中を見つめながら突然、私は彼らを戦場に送らないために傍聴へ来たんだと思った。かつて私も、顔も知らない大人たちにきっとこうして守られていた。今度は、私が守る番を引き受けよう。
12:45に門前で氏名を確認し、傍聴券を受け取った後、館内へ。
12:50、記帳台が埋まっていたため、持参したペンで傍聴券に氏名・住所・年齢を書き込む。周囲を見渡すと、傍聴者の男女比は4:6ほど。デモの現場ではあまり見かけない20代から30代の男性が目立っていた。
3. 100分の待機とパブリックビューイング
当選した150名は、何回かの入れ替え制で議場に入る段取りになっていた。私の順番は最後の方で、12:25に参議院別館前に着いてから14:05、議場に入るまでの約100分間、立ちっぱなしで待機することに。当然ながら足 is 棒。
正直、イベントとして「楽しみたい」なら参議院の外で行われたパブリックビューイングの方が良かったのだろう。自由に話せるし、移動して座ったり戻ってきたりできる。
それでも並び続け、政治家に「監視の目」を突きつけるために貴重な自由を削る。国民の権利を守るための「不断の努力」とは、地味な犠牲の上に成り立つ営みだった。
4. 10分間の傍聴。「平和の最大の敵は無関心である」
14:05 ロッカーに荷物を預け、金属探知機をくぐり抜け、ようやく入った議場内では奥田議員の発言が始まっていた。 「これは80年前の戦前とそっくりだ」 。
1941年に行われた議員任期の延長と、その後の真珠湾攻撃、そして治安維持法の改悪という歴史を紐解いていく。
現在進められている「国家情報局設置法案」こそが、国民の言論を封殺した治安維持法の再来ではないかと警鐘を鳴らした。また、前日に開催された国会前デモに1万人が集ったことも、国民の声として届けられる。
最後に、沖縄の反基地運動家・阿波根昌鴻氏の「平和の最大の敵は無関心である」という言葉を引用し、「無関心な主権者を目覚めさせ、数の力で改憲を止めよう」と結ぶ。聴き応えのある演説に、思わず拍手が飛び出す。直後、閉会となった。
かくして10分間の傍聴はあっけなく終わり、拍子抜けは否めなかった。
出口へ向かう際、私は牛歩のようにゆっくり立ち止まりながら移動し、眼下でヘラヘラと談笑する委員たちをじっと睨みつけていた。辺りを見渡すと、同じように神妙な視線を向ける傍聴者たちが10名ほど。
「あなた方が触っている憲法の行く末は、私たちの未来を決定的に変える」
「下手な改憲は許さない。見ているぞ」と念を込める。
奥田議員は「居眠りをする不届き者(の議員)がいる一方、傍聴席を埋め尽くす主権者の視線に、多くの議員たちがそわそわと落ち着かない様子を見せていた」「(いつものように)『発言が不穏当』として先輩議員に呼び出されることも無かった」と審査会の後に語った。
5. おわりに:政治活動は祈り
今回、100分間待ち続けた末にわずか10分だけ許された傍聴。
待つのが嫌いなADHDの自分にとって、努力に見合う報酬とは言い難い。どんなに美味しくて安い話題の飲食店があっても100分は並ばないし、並べない。
それでも、現地に足を運び、この国の最高権力者として姿を見せつけ、視線を送ることには、確実な圧力としての意味があった。
私にとって政治活動はコスパではない。自分の損得だけで続けられるものでもない。子どもたちを戦場に送りたくない、悪行に加担したくない、防ぐためにやれることはやった、と自分の人生や自分の生きる社会を肯定するために続けてゆく、祈りのようなものだ。
次回の憲法審査会は6月3日。抽選に外れても、パブリックビューイングやSNSでの拡散など、傍聴を盛り上げるためにできることは多い。
私たちが監視を続けること。それだけが、戦争への道を阻む唯一の希望。決して諦めず、抗い続ける。
