カフェNullといちごシロップの午後 5話【創作大賞2025】【全6話】
5 古い手紙と星の夜
カフェNullの建物には、昔おばあちゃんが住んでいた。おばあちゃんはゆらが小さいころに亡くなったけれど、ここにはおばあちゃんのものが少し残っている。
2階の部屋を掃除していたゆらは、棚の奥に古いお菓子の空き缶を見つけた。缶の中には、手紙が何通か入っている。封筒も便箋も少し黄ばんで、文字は外国語で書かれている。しおりさんに見せると、しばらく眺めてこう言った。
「おばあちゃんは、昔ドイツに親しい人がいたんだって。文通をしていたのかな」
「しおりさん、読める?」
「うん、少しは読めるけどやめておく。きっとおばあちゃんの大切な思い出だから。おばあちゃんは、よくドイツの話をしてくれたよ。」
「そうだったの?」
しおりさんがうなずいた。
「うん。町の様子や出会った人のこと、食べ物のこと。おばあちゃんがドイツに行ったのは2回だけと聞いたけど、忘れられない経験だったんだね。聞いているうちに、いつの間にか私もヨーロッパに憧れて旅するようになったの」
「知らなかった。これはおばあちゃんの宝物かもしれないね」
ゆらは、封筒を空き缶にしまった。おばあちゃんの記憶や時間が、ここに静かに眠っているような気がした。
その夜、ゆらはNullの裏庭に出た。タビーが後ろから付いてくる。タビーが踏むたびに、落ち葉がかさかさと小さな音を立てる。空には、音もなく降るように星がひろがっていた。ゆらは、誰かとこの夜を分かち合いたいと思った。
ゆらは、Nullの2階に戻って、部屋にあった新しい便箋と封筒を取り出す。誰かに手紙を書く。
お元気ですか。
庭から星を眺めていました。
星が降ってくるように見えて、
自分が宇宙の小さな小さな点みたいに思えました。
まず、怖いっていう気持ちがやってきました。
しばらく眺めていたら、点は点なりに思いきり
生きてみたらいいって思いました。
隣には猫のタビーがいて、タビーも何かを考えているみたいでした。
こう書いて、封筒に入れた。あて先は書かないまま、封筒をノートにそっとはさむ。未来の自分か、これから出会うかもしれない誰かに向けて。それからタビーの背中を優しくなでた。
