カフェNullといちごシロップの午後 最終話【創作大賞2025】【全6話】
6 空っぽのトランク
カフェNullには、常連のホソダさん、それからコウノさんがいる。コウノさんは、雨の日にクラシックギターの音に誘われてNullに来てくれた方。すっかりここを気に入ってくれたようだ。ゆらは、紅茶とレモンケーキをコウノさんに運ぶ。しおりさんは、カウンターの中でコーヒーを飲んでいる。
夕方、ゆらが2階に行くとしおりさんのこげ茶色のトランクが置いてあった。
「しおりさん、どこかに行くの?」
「うん、しばらく旅行に出ようと思うの」
「いつから?Nullはどうするの?」
「来月から。ここは1か月くらい閉めるつもり。ドイツ、フランスを回って買い付けしたり友達に会ったりするの。」
「そう...」
ゆらは、うつむいた。
「心配しないで。帰ってきたら、またここを開けるよ」
「うん」
ゆらは、自分の居場所がなくなるようなさみしさを感じた。しおりさんは、ゆらの目をまっすぐ見て言った。
「ゆら。このお店を大切に思って、手伝ってくれてありがとう。」
「うん。」
その時、ゆらの口から自分でも思ってもみない言葉が出てきた。
「いつか私も買い付けに行ってみたい。この目で見たことのない世界を見てみたいの。」
「いい考えだね。すごくいい経験になると思うよ」
「うん」
しおりさんが力強く言う。
「これから、気になることをどんどんやってみたらいいよ。そうしたらきっと好きな場所を見つけられるし、自分で好きな場所を作ることもできるよ。」
ゆらは、急に目の前が開けたような気持ちになった。しおりさんは、トランクに何を集めて帰ってくるのだろう。ゆらは、自分だってきらきらしたものを集めるつもりで生きてみたらいいんだと思った。また息がうまくできなくなったり、不安になったりするかもしれない。でも、何回でも顔を上げてみようと思った。
