カフェNullといちごシロップの午後 2話【創作大賞2025】【全6話】
2 ばら色の指輪
ある日の午前のこと。
カフェNullでは、常連のホソダさんがコーヒーを飲んでいる。しおりさんはいつものように、長くてふわふわの髪をくるくるっとシニヨンにしている。品物を並べる横顔が真剣だ。小さなフレームの水彩画、木でできた鳥の置物、絵本、アクセサリー。
その時、小さくきらっと光ってゆらの目を惹いたものがあった。近づいて見てみると、ピンクの小さな石がついた指輪。
「わあ!」
思わず、小さく声を上げてしまう。
「ああ、この指輪。いいでしょう。ベルリンで見つけたの。」
しおりさんが得意げに答える。
「ねえ、これってなんの石?」
「うーん、インカローズかな。高級なものじゃないけれどね、いい雰囲気だと思う。」
「うん、本当に。」
手に取ってみると石はばら色にも見えるし、薄いところと濃いところがあって朝焼けみたいにも見える。輪の部分は鈍い金色で、華奢なつくりになっている。
「この指輪…できれば私が買いたいんだけれどいいかな?」
「ゆらがお店の物を欲しがるなんて初めてだね。うん、いいよ。これは売らない。ゆらに取っておくからね。」
「ありがとう」
ゆらは、この指輪をはめられると思うと気持ちがはずんだ。
ゆらは、高校に行っていない。制服がかわいくて、部活も色々あってあこがれていた高校。ゆらにはちょっと難しかったけれど、一生懸命勉強して受かった高校。でも、なじめなかった。ゆらは、入学してすぐからクラスのにぎやかさが怖くて、落ち着かなかった。
― 行事をみんなで作り上げよう
― 盛り上がっていこう
こんな雰囲気の中で、自分の意見を言ったり、楽しんだりできないことを後ろめたく感じた。
最初は、学校に向かう足が少し重いかなという感じだった。それから、だんだんごはんがおいしくなくなって、体が重くなって行けなくなってしまった。お母さんは、こう言ってくれた。
「ゆらは受験勉強をがんばって、新しい学校でもがんばって、疲れが出ちゃったのかもしれないね。お父さんもお母さんも、人生にはひと休みが必要だと思うの。ひと休みしたあと、また学校に戻ってみたらいい。もし、それでも行けない時には違う道を一緒に考えてみようか」
そう、今は人生のひと休み期間なのだ。そんなわけで、時々Nullの手伝いをしている。いつまでか分からないひと休み期間。ずっと学校に行けなかったらどうしよう。ゆらは、時々そんなことを考えて胸がきゅっとする。うまく息ができない感じ。
これからNullでしおりさんを手伝って、自分のお金でばら色の指輪を買ってみる。そうしたら、自分だけの心の軸みたいなものができて、もっと息がしやすくなるかもしれないと思った。
