朝が来るのは「生きる」と決めた証だから
朝が好きだ。
……けど、きっと分かる人には分かる。
精神疾患を患った後のわたしは、ずっと朝が嫌いだった。
生きなきゃいけないから。
生きていかなきゃいけないから。
食事ができない自分を責め、
ホームドアのない駅から電車に乗り、
職場では元気で明るい自分を演じて、
窓口で終始笑顔を貫く。
誰もやらない仕事を持ち帰って、
床に座り込んだまま動けなくなり、
それでも仕事をする手は動くのに、
お風呂にはどうしても入れない。
深夜1時に仕事を終えて、
疲れ果てた体でベッドに潜るけど、
パイプを握りしめて泣いているうち、
窓の向こうに始発列車が走る。
少しでも眠ることができれば
「このまま目が覚めなければいいのに」
と願うのだけど、それもできない。
だから朝が嫌いだった。
いつから朝が好きになったんだろう?
考えてはみるけれど、何が良かったわけでもなく、たぶん時が解決したのだ。
仕事を変えても、愛する人と暮らし始めても、わたしの夜は数年間変わらなかった。一人暮らしの部屋から持ってきたロフトベッドのパイプを握りしめて、相変わらず夜な夜な、朝まで泣いていた。
ほしいものはむしろ捨てた。
通勤する体力がなくて接客業をやめた。
自分の命にも子供の命にも責任を持てなくて妊活をやめた。
でも、今は朝が好きだ。
眠ることはまだ苦手だけど、朝が楽しみでなんとか寝られている。
朝がくればごはんが食べられる。
かわいい文鳥と猫に会える。
電車に乗らなくても仕事ができるし、
大好きな小説を好きなだけ書ける。
何より世界が明るい。
何か努力をしたわけじゃない。この朝は、わたしが生きることを選択した日々の連続の先にあるだけ。
だけど朝が来るのは確かに、わたしが「生きる」と決めた証。
朝が好き、……というより、
戦友みたいに思っている。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
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